ぼくがきみをしあわせにしてあげるのに



黄瀬君の困った性癖には僕もそろそろ嫌気が差してきたところだったので、思いきって金輪際僕を君の面倒ごとに巻き込まないでくださいと頼んでみたのが一昨日のことだ。そうしたら黄瀬君は邪気のない笑顔で「黒子っちのお願いごとはなんでも叶えるっス!」と歌うように嘘を吐いた。そう、嘘だ。それは嘘。現に彼はまたも同じことを繰り返している。ああ、でも、そうか、もしかしたら、彼はこれを面倒ごとに巻き込んでいるとは露程も思っていないのかもしれない。無自覚な人が、一番面倒くさいというのに。
僕はこれ見よがしな溜息を吐く。それが黄瀬君になんのダメージも与えないことは既に実証済みではあるけれど、彼だってそのうち成長して、気づいてくれる筈だ。人間なら。まともに学習能力の備わっている人間ならば、そう、きっと。「ねえ黒子っち、黒子っちはどう思う?」嬉々として彼は携帯の画面をこちらへ向けてくる。見たことのない男とのツーショット。これなんですか、なんて質問はこの場合愚問だ。僕は彼が求めている答を与えてやるだけでいい。きらきらとした顔でこちらを見るさまは、まるでご主人さまにお伺いを立てているペットのようだ。僕は一口バニラシェイクを口に含み、嚥下した後、いいと思います、とだけ告げた。
すぐさま「やっぱり!? やっぱり黒子っちもそう思う!?」と身を乗り出してくる黄瀬君の肩を押し戻し、浮かせた尻を席に着かせる。いいと思いますの前に省略されている語句を黄瀬君が読み取れる日は永遠にこない気がしてきた。それもまた彼のしあわせか。黄瀬君は僕を前にして、まるで鏡にでも喋りかけているかのように、先程見せられた男のいいところを挙げ連ねている。やさしい、格好いい、笑顔がかわいい、大体いつもそういった無難なものを黄瀬君は挙げていく。聞いているこちらとしてはどいつもこいつも特徴がなくて薄っぺらで、もしや同一人物なのではと疑念を抱いてしまう程に似通っていた。
黄瀬君がただの恋する男の子だったら、僕もとやかく言わない。それがたとえ異性でも同性でも構わない。彼は僕に恋愛相談(実際はただの惚気だ)を持ちかけてはバニラシェイクを奢ってくれる。たかだか百円だけれど、一時間を百円で買われていると思えばいいのだ。どうして僕を選ぶのかは永遠の謎だし正直面倒くさいけれど、話を聞いているだけで済むならそれはそれでいいだろう、と思うことにする。ただ問題は、惚気話につき合う以外のことだ。
黄瀬君に悪意がないのはわかりきっている。むしろ、家族を自慢するような感覚で、恋人に僕らチームメイトのことを話して聞かせる。誰がこうして、ああして、どうなった。それは多分黄瀬君の中では自然なことで、好きな人に好きな人たちのことを知ってもらいたいくらいにしか考えていないのだろうことはわかる。わかるけれど、その中で僕の話をするのはやめていただきたいと思うのだ。黄瀬君が僕をどう説明しているのかはさすがに知らないけれど、ことあるごとに彼の恋人が僕をボッコボコにしていくのはさすがに我慢の限界と言わざるを得ないからだ。そして厄介なことに、彼らは皆一様に目立つ顔以外を狙ってくるので、中々僕に加えられた暴力的制裁は露見しないし、リンチを受けたなどとはとても言いづらい。それが明るみになったとき、一番傷つくのは黄瀬君だろう。僕は彼の傷ついた顔なんてとても見たくはないのだ。
だからこうして、黄瀬君が好きになった人の話を聞きながら、いつか彼が素敵な人と巡り会えますようにと祈っている。これだけでれでれしていても僕の知る限り一ヶ月もったことはないので、きっと先程の彼ともすぐに終わることだろう。そうしたら、黄瀬君はまた新しい人を選ぶ。それが女か男かはわからない。また男かもしれない。自由恋愛を貫く彼は、性別の壁などものともしないから。
「ねえ黒子っち、黒子っちはどう思う?」
お決まりの言葉にお決まりの言葉を返すだけの茶番はもううんざりだ。僕はもう長いこと自分自身を偽って生きている。たった百円で買われた僕は、それでも精一杯の強がりを言ってやる気も起こらない。まさに惚れたなんとかというやつで。
「いいと思います、どうでも」











20130515//目移りしまくりの黄瀬君


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