さらばぼくの青春時代よ、
やまない賛辞と無関心な結末





黒子にとって思い出したくもない思い出というのはふたつ程ある。どちらも帝光時代のものだが、ひとつは三年の全中時、もうひとつは口にするのも憚られるようなその後のできごと。どちらかといえば悪いのは黒子で、それについては今更とやかく言いたくもないし、その必要もなかったから誰にも話したことがなかった。

中学の頃、黒子は彼に憧れていた。誰もが羨み嫉妬する才能を持ち、短距離走でいえば常にトップを独走していたような彼だ。彼と一緒にバスケをするのは好きだったし、中々実らない努力も無駄ではないと思えた。まさか試合に出られるとは夢にも思っていなかった黒子は、初出陣が緊張のあまり散々なものであったとしても、最終的に勝利に貢献できたことが何よりも誇らしかった。
ただバスケットボールを手にしているだけでうれしくて、うまくパスが通れば気持ちがよくて、リングにボールがくぐらなくともたのしかった。バスケが好きだと胸を張って言えたあの頃が、黒子にとって、もっとも輝かしい中学時代と言えるだろう。しかし黒子だけが、違和感に気づいた。途中ではっきりと、おかしい、と思ってしまった。それから帝光中バスケ部に身を置くことがとてつもなくつらくなった。はっきりとした言葉はなくても狭いコート上には顕著に現れる。一度亀裂が入ってしまえば修復はほぼ不可能に近かった。それでも黒子はどうにかこうにかやっていこうとしたが、そもそもの部分から違えてしまったのではどうしようもなかった。ああ、もうだめだ。頭を抱えて、これからどうするべきかひとしきり考えて、たったひとつの結論を苦渋の末に捻り出した。

逃げた黒子を追ってきたチームメイトの中には彼の姿もあった。黒子には既に何も話す気はなかったので、ひたすら口を噤むことに務めた。もう彼らに何かを伝えることは諦めていた。彼は黒子のその姿に酷く激昂して、そのまま自分より遥かに体格差の劣る身体を床に押し倒した。この場合どちらが裏切ったことになるのだろうかと暢気に考えていた黒子の両手は、あっという間に頭上でひとまとめにされてしまった。男子中学生が取る行動はときとして理解の範疇を安々と超えていく。黒子に抵抗する術はなく、どこか苦悶の表情を浮かべる彼をぼんやりと見上げるしかなかった。
何故抗おうとしないのか、きっと彼は不思議に、そして不審に思ったことだろう。それは単純に、どんなに拒んだところで拒みきれるものではないということだけではなく、十分な負い目を彼に対して感じでいたからでもあった。心理的にいえば最初に黒子から手を離したのは彼だが、彼を突き飛ばしたのは黒子なのだ。
もう一度、彼とバスケットをしたかった。それは紛れもない本心だったのに、挫けた黒子の背中を押す人はひとりとしていなかった。誰もが無関心を貫いて、誰もが我を守る。歩調を乱していたのはむしろ黒子の方だ。
彼らと縁を切れて僅かにすっきりしたと思ったのもまた本当だった。これで穏やかに、そして静かに過ごせると考えたのだ。その一方で、ひとりで食べるごはんのなんと味気ないことか、と涙したことは黒子しか知らない。


はじめての性交に意味を求めることはしない。失ったものは数え切れない程あって、得たものはひとつとしてない。黒子も彼も等しく罰を受けた。だからそれ以上、そのことを掘り下げることも必要としないし、ましてや謝罪など求めていない、そんなかなしい顔はしないでほしいと言ったところで素直に聞き入れる彼ではないことは百も承知だったが、じゃあ、他にどう言えばいいのだろうか? 彼にどんな言葉を尽くしたらうまく伝わってくれるのか。過去に一度、すべてを見捨てて放り投げてしまった黒子には、それはまさに無理難題と言えた。




May 15, 2013

退部に絡む話が多いですね!

inserted by FC2 system