青峰から見た赤司と黒子の関係はとても奇妙だ。まるで黒子は赤司を唯一絶対の人だとでも思っているように見える。青峰が知る限り、黒子が赤司に対して否を唱えたことは一度たりともない。一度も、だ。真っ当に生きている人間ですら誰かとしばしば対立するというのに、彼らの間にはそれがない。おそらく、黒子が従順すぎるのだ。赤司という君主にただ是と答える。赤司に黒子を従えているという意識があろうとなかろうと、それは第三者からするとあまり問題ではなかった。 「あいつはいつから赤司の下僕になったんだ?」 なんとなく呟いた言葉に反応したのは、これまた赤司を慕っているふうの、紫原だった。 「峰ちんにはわからないだろうね」 したり顔でうんうんと頷く紫原にむっとしたが、下手に紫原に突っかかっていくのは無駄に体力を消耗するだけだ。滴る汗をTシャツの袖で拭いながら、紫原は頬を緩ませる。 「赤ちんのそばにいるのはすごく楽なんだよ。黒ちんはどうだか知らないけど、オレは面倒くさがりだから」 「意味わっかんねえ。面倒くさがりだからなんだよ? オレはあいつとなんか、半日ですら一緒にいたくねえっつの。息が詰まりそうだ」 「それは峰ちんが、そーいう人だから」 ますます意味がわからない。紫原もそれ以上特に言及するつもりはないのだろう、練習中だというのにポケットに隠し持っていた菓子を堂々と口に放り込む。なんとなくそれを眺めていた青峰だったが、視線をもとのふたりに戻すと、相も変わらず黒子は赤司のそばに控えたままだった。まさか、弱味を握られているのでもないだろうが。 / 練習後、青峰はさっさとロッカールームから退出しようとする黒子を呼び止めた。一緒に帰ってそれとなく赤司とのことを聞き出そうと思ったのだが、しかしそれはばっさりと断られてしまった。曰く、赤司と話があるとのこと。部活中にあれだけくっついておきながらまだ何か話すことがあるのかと突っ込みたくもなる。そういえば、最近黒子とは居残って練習していない。それどころかまともに会話すら交わしていないのではないだろうか。 「振られたか、青峰」 「きっしょい言い方すんな。タイミングが悪かっただけだ」 タイミングなどあってないようなものだろうと、支度を終えた緑間が鼻で笑う。 「また赤司信者が増えたな」 それは笑えない冗談だ。確かに赤司は優れた統率者だろうとは思う。しかし、それだけだ。青峰には到底赤司につき従おうという欲はわいてこないし、むしろなるべくなら関わりたくない部類の人間だとすら思っている。馬が合わないというのともまた違う、赤司の何かが、青峰を落ち着かなくさせるのだ。 「腑に落ちんという顔をしているが?」 「テツが何考えてんのかわかんねーんだよ。もともとわかりづらい奴ではあったけどな」 「赤司なら、人を洗脳することも造作ないことだ、とでも言い出しかねんしな」 「お前もさっきから冗談わかりづれえぞ!」 青峰が歯を剥けば、緑間は冗談を言っているつもりはないのだよ、となおもおそろしいことを言ってくる。 「人には相性というものがあるだろう。お前は相容れなくとも、黒子は赤司のそばが居心地がいいのかもしれん」 緑間は最後に「取られたな」と意地悪く笑ってロッカー室を出て行った。うるせえこのおは朝信者が! という青峰の負け惜しみも届いたかどうか。 青峰には到底理解できる筈もない。黒子にとって正しいことは何よりも心地よかった。間違わないからおそれもない。それは青峰のような自分自身を一点の曇りもなく信用している人間には、とてもわかり合えない心情だろう。自分の思ったとおりに、考えたとおりに身の振り方を決めればいいだけなのだから。 黒子は間違えたくなかった、間違えることがこわかった、赤司は間違えることはなかった、常に正しさに身をおいていた。彼らはただそれだけの、至極単純な関係だった。 |