女の奇抜な爪先を見る度に目眩がする。部活帰り、チームの面々とコンビニに立ち寄った際に緑間が漏らした一言がそれだった。 往々にして緑間は思っていたのだが、何故女という生きものは無意味に爪先を染め上げるのだろう。たまに学校でも見かける女生徒たちにいつか問い詰めてやろうと思っていたところに、先程のコンビニ店員である。 「どうしたんですか、いきなり」 「聞いていたのか 」 「聞かせたいのかと思いましたけど……」 アイスの袋をぺりりと開きながら、黒子は緑間に胡乱げな眼差しを向ける。そんな反応をされる程、緑間のそれは小さな呟きではなかった。 「いや、ただレジにいた店員がな」 「ああ、真っ赤でしたね」 「どう思う?」 「は?」 どう、とは。そのまま尋ね返してくる黒子に、些か説明が足りなかったかともう少しだけ言葉を加えることにする。 「あの女の赤い爪、お前は好きか?」 好きか嫌いか、そういう話をしたいのとも微妙に違うのだが、あえて緑間はそういう訊き方をした。それならば黒子も答えやすいだろうと思ってのことだ。 「はあ……まあ、……好きでは、ないですかね」 「なんだ、歯切れが悪いな」 「いえ、あまりそういうことを考えたことがなかったもので」 店員の爪が赤いことは気づいているのに、それについてどう思うこともなかった、という黒子の返答は緑間にとって少しばかり衝撃的だった。ファーストインプレッションでもないが、もっとこう、思うところはないのだろうか。短く唸り出した緑間を見やると、黒子はおもむろに黄瀬に声をかける。 「黄瀬君、ちょっと」 「なんスかあ、黒子っち!」 黒子と揃いのアイスを片手に黄瀬はすぐにやってきた。心なし黒子に呼ばれたことがうれしそうにも見える。 「つくづくお前はペット丸出しなのだよ」 「いきなりなんてこと言うんスか緑間っち!」 「ちょっと、黄瀬君、のしかからないでください」 図体のでかいペットを持つと苦労するなと失礼なことを思いながら、緑間は自分より大きい身体を押し退けようとする黒子を眺める。二軍の練習試合に同伴してからというもの、黄瀬はこのとおり黒子によく懐いていた。 「で、どうしたんスか? 難しい顔して」 「黄瀬君は女の人のマニキュアってどう思いますか?」 「マニキュア?」 なんだそんなこと、という顔で黄瀬は手の中の冷たいかたまりに齧りつく。しゃく、しゃく、という咀嚼音がこちらまで届いてくるようだ。 「やっぱお洒落な子は手先まで意識するんだなー、って感じっス」 「それがたとえどぎつい色であってもか?」 「あー、んー、あんまケバいのは怖いっスかね!」 怖い。ふむ。なんだか論点がずれてきているような気もするが、それもひとつの答かと緑間は頷く。 「緑間っちが女の子に興味を持つなんて珍しっスね」 「別に女に興味を持った訳ではないのだよ。ただ理解しがたいと思っただけだ」 「ふうん? 確かに緑間っちって潔癖そうっスもんねー。あんなんでおにぎりとか握ってほしくないでしょ」 「握られたとしても、食わないに決まっているのだよ」 「君は女性にもてないタイプですね」 どんな罵倒だと思ったが、黒子の言うとおりではあるのだろう。それでも緑間には色とりどりに塗りたくられた爪が、某かに汚染されているように感じてしまって仕方がないのである。 「皆にも聞いてみますか? 大体想像できそうなものですけど」 「いや、もういいのだよ。どうせ女の考えることはわからん」 そうですか、そうですね、とやっと黒子は剥き出しのアイスに口をつける。長い間放置していた所為か僅かに溶け出してしまっているのを見て、思わず緑間は落とすなよと口を挟んだ。 「僕らが彼女たちの気持ちをわかろうと思ったら、性転換でもしないといけないかもしれませんね」 「ええー、そうっスか? きっと単純な理由だと思うんスけど。ただ可愛くなりたいっていうさ」 だからそれが理解不能なのだよ、という言葉はひとまず飲み込むことにした。緑間も黒子も黄瀬も、X染色体をふたつ有している訳ではないのだから。 |
解答はおあずけ
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