政治に博愛は不必要だろ?/20130515
まるで異端審問
(おかしなことを言っていますか?)





「あの、赤司君。ちょっといいですか。黄瀬君のことなんですけど」
任された次の練習試合のオーダーを部室で組んでいたとき、控えめにドアをノックして入ってきたのは黒子だった。黄瀬の教育係に任命されてからというもの、こうしてことあるごとに黒子は赤司に相談を持ちかける。主に、黄瀬涼太という人間の対処について。
「どうした、何かあったか?」
パイプ椅子を引き、それに座るように黒子を促す。まだ練習が終わって間もないからか、黒子の肌にはうっすらと汗が浮かんでいる。少しこの部屋は暑いかもしれないなと窓を開け放す赤司の背中に、躊躇いが多分に含まれた疑問を黒子は投げかけた。
「その……黄瀬君って……どういう人なんでしょう?」
「随分抽象的なことを訊くな」
「……彼がよくわからなくなったんです」
大分日が暮れて外の空気も冷えたようだ。赤司の前髪をやわらかい風が掬っていく。もっと風が強ければ戸惑いを惜しげもなく晒す黒子の弱々しい声音など吹き飛ばされて、赤司の耳には届かなかったことだろう。
「黄瀬君って、僕らにはすごくやさしいじゃないですか。愛想よくて、親切で、どんな人にも好かれそうな人じゃないですか」
「まあ、そうだな」
肯定しながら、赤司の頭には黒子や青峰にじゃれつく黄瀬の屈託ない顔が浮かぶ。黄瀬は驚異的な速さで一軍入りを果たしても、生来の人懐こさですぐにその輪の中に溶け込んでしまった。それも一種の才能だろう。
「でもそのやさしさって、誰にでも、じゃないんですよ。黄瀬君ってすごくやさしいくせに、すごく惨いと思いませんか?」
「惨い?」
「好きな人とそうでない人のライン分けが、驚く程シビアなんです。好きな人にはやさしくできるのに、そうでない人にはそのとおりじゃない。その明らかな態度の違いに、正直吃驚してしまって」
あまり感情を表に出さない黒子にしては珍しく、困惑しています、という思いがありありと顔に浮かんでいた。
「今日、彼、突っかかってきた生徒にとても酷いことを言ったんです。その黄瀬君の言いようは少し……肝を冷やしました。その後で、どうしてあんなことを言ったのか訊いてみたんです。そしたら黄瀬君、不思議そうな顔をして。あいつ前から気にくわなかったって。いつものやさしい黄瀬君はどこ行ったんですって言ったら、きょとんとした顔で、嫌いな奴にまでやさしくする意味がわからないって」
「なるほど」
「赤司君、赤司君は、黄瀬君の言うことわかりますか?」
「わかるよ」
一拍の間もなくそう言いきった赤司に、黒子の目が瞬いた。
「つまり、お前はこう主張したいんだろう。好きだろうが嫌いだろうが、みんなにやさしく接するべきだと」
握り締めたままだったペンを、まっすぐ黒子に向ける。
「人類みな博愛主義者になれというお前の方が、オレには余程惨く映るぞ」
「そこまで言っている訳ではないです、ただ、」
人間の厄介な感情を見事に押さえ込んで生活している者の方が余程少ないし、むしろ黄瀬の行動は黒子の言うようにたとえ度が過ぎていたとしても一般的な反応に思える。しかしそれが、黒子には理解できない。少数派が爪弾かれる社会では、なんと生きづらい性質だろうか。
赤司はペンをポケットにしまい、すっかり黙りこくってしまった黒子の頭に手をやる。
「どんなに相手を大事にしたところで、相手からはそうされないことがあると、黄瀬は知っているだけだ」
ただそれだけのことだから、お前はお前のやりたいようにやればいい。
「……赤司君も、?」
「オレか?」
そうだな、と考え込む振りをして、赤司はうっすらと微笑んだ。
「好きでもない相手なんかに、オレの大事な時間を割いてやりたくはないかな」


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