ただ願うよ





(夢と同じになるのだけはどうしても嫌だったのだ)


彼はそんな私を冷めた目でみるかもしれないし、もしかしたら敵視するかもしれない。仲間なのに。けれどそれだって当たり前のことなのだ。私が彼にしたことを思えば。
こんなこと、いつかもあったと思いながら私は彼の目をじっと覗き込んだ。
「……ねえ、」
彼は起きているし正常だ。どこもおかしいところはない。強いて言えば肋骨を数本やられているくらい。喋るのに支障はない筈なのに私の呼びかけに応えようとはせず、目があうでもなく彼はしらっとした態度でそこにいた。白い枕に埋もれて。
「私謝らないけど、ごめんね」
謝っているんじゃないかという突っ込みはなしだ。今はいらない、そんな場面ではない。それはきっと彼もわかっている。この言葉の意味するところとか。
「誰が悪かったとかじゃあ、ないんですよ。だから、それに意味はありませんし、僕もしません」
ごめんね、と。悪かったと自分の非を認める。それは到底無理な話だった。私にも彼にも、できることではなかった。もう少し大人だったらよかったのかもしれない。上手く妥協できたのかも、と思うから。
私は彼の珍しい光彩をした瞳を見つめる。視線は、やはり合わないが。
「……あたま悪いのよ。多分、皆」
「すごい発言だな。皆って、それに含まれる人たちが可哀想だ」
「気に喰わないなら、あなたと、百歩譲って私ということにしておくわ」
「……千歩譲ってそういうことにしておきます」
何を言ったって聞く気はないのだろうと彼は悟ったらしい。そのとおりである。
「確かに悪いとか、ないのかもしれないよ。でもそしたら、頭悪いの、きっと。これはとても効率の悪いやり方と、思わない?」
彼は血でも被ったのかと一瞬見まがってしまう程赤い指の先についた黒い爪先で、シーツを引っかいている。落ち着かないのだろうと思った。思ったが、どうにも彼の考えは私にはわからないので、無意識の反応には違いないのだろうが、他の意味があるのかもしれない。
「痛い?」
彼が何も言わないので、私は話をかえた。
「人間ですから、まだ」
余計な一言をつけ加える彼だった。いつか人間外の生命体にでも変体する気なのだろうか。
「含みのある言い方ね」
「キミの性格が歪んでるから、そう聞こえるのかもしれません」
「あら、あなたの性格が歪んでるのかもしれないわよ」
「じゃあもうどっちも歪んでるのかもしれないってことで、いいんじゃないですか」
早く会話を終わらせたいのか、かなり投げやりな態度である。傷が、というより骨折した部位が痛むのかもしれない。それは私が彼に与えたもの。
「……こういうのはどう?」
私はちっとも合わせてくれない眼から視線を逸らした。その眼は何も見えてないのだから、しょうがなかった。
「私が、とか、あなたが、とかじゃなくて。世界そのものが歪んで、揺らいで、傾いでいる」
彼の言葉を借りるなら、「すごい発言」にこれも相当するのだろう。しかし彼は私の予想する答とは違って、皮肉げに口端をつり上げ、
「違いない」
否定してくれるのではないかと、彼ならばきっぱりはっきり否定してくれるのではないかと、思っていたのに。私の突拍子もない考えに賛同してしまうなど、どうしてしまったのだ。
げほ、と彼は軽く咳き込んだ。折れた骨に響いてかなり痛む筈なのに、彼は眉を顰めるだけで呻き声ひとつ上げない。
「……痛み止め、効いてる?」
「もし効いていなくても、キミには絶対に言いません」
「痛いのが好きだから?」
「キミに言う必要がないから。だから安心していいですよ。少なくとも、痛み止めなんてのが切れたって、これくらいなら死んだりしませんしね」
「うーん、でも本気で死にそうになったら、さすがに言ってね。ちょっと加減できなかった理由はアレンくんの強引さにあるけど、それでもあなたを蹴り飛ばしたのは私だしね、大事な戦力を殺しちゃったら、多分叱られるだけじゃ済まないもの」
また過去と同じことが起こるのではないかと、私は危惧している。それだけだ。
「……兄さんがきてから、教団は変わったわ。ほんの少し。だけど、またあんなことが起きないなんていう確証は、ない」
「生体実験、とか? それともリナリー、教団に歯向かう使徒への強制?」
「そうよ」
わざわざ名前を呼ぶなんて、彼も意地の悪いことをする。それでも私は間髪入れずに言い切った。
「あなたの目が見えていようがいまいが、関係ないわよ。言っておくけど」
「……手厳しいなあ。……いつから?」
「病室に入ってきてからずっと視線が合わなければ、いくらなんでも気づくよ。思い切り顔を近づけても、どこ見てるんだか、ね。わからないんだもの。……どのくらいまで見えているの、その眼」
「そうですね……太陽、は。白い丸。強い光なら、見えるくらいですね。でもこれは一過性のものですから、視力に関しては、すぐ回復しますよ」
「そう。よかった」
言って、本当に自分はよかったと思っているのかと、疑問に思った。それくらい無感動な響きで。だから彼はどうでもいいというような口調だったが、本当にそう思っているのかと尋ねた。私は思っていると答えたが、何故だかそれも嘘っぽくなってしまう。
「……正直に言ったらどうです。僕のことなんか、気にせずに」
私の内心など、彼にはお見通しなのだ。
「うん……実は、あなたがまた見えるようになるのが、嫌」
「それはまた、どうして」
「嫌というか、怖いのよ。次に私の顔を見たときの、あなたの反応が、私には。怒っているでしょう? あなたを殺しかけた私を」
「さっき、言いましたよ。誰かが悪かった訳じゃないと」
「上辺だけならなんとでも言えるわ」
「……加えてキミはこう言った。『謝らない』」
「だって間違ったことしたとは、到底思えないもの。あのままアクマに突っ込んでいけば、これだけの怪我じゃ済まなかった。だから手を引いて止めようとしたのに、アレンくん、私の手、薙ぎ払って。……足を使うしかないじゃない」
「じゃあ、それでいいでしょう? キミは僕を助けてくれたんだ。結果がどうであれ、それは本当だ。だけど僕だって、誤った判断をしたとは思わない。キミは僕を助けてくれたけど、それは余計なお世話で、……だからこれで、おしまいにしてください」
「うん」
もうこれ以上話すことはない。彼の無茶は、彼が一番わかっているだろう、きっと。それでも身体は自然とアクマの方へ向いてしまう彼だから、致し方ないことなのかもしれない。
席を立ち、出て行こうとする私に、彼が言った。
「何故キミは、僕を?」
仲間だからに決まっているではないか、そう返そうとしたが、寸でのところで思い留まる。私は振り返らずに、言い放った。多分視線は、今も宙を揺らいでいる筈だからだ。
「……夢と同じにだけは、したくなかったの」
すると、やはり興味のなさそうな声が、ぼやりと響いた。
「ふうん」





071123/I've...
なんだろうこれ(おま)
















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