ちょっと捏造あります











―――最終的に、気味が悪いというところで落ち着くだろう。






「……ラビ? 寝ちゃったんですか?」
定期的に揺れる振動を臀部に感じつつ、オレはシートに凭れかかっていた。ここは汽車の中。もういい加減ひとりでも行けるだろうに、この若いエクソシストが心配なのか、司令官はふたりでの任務を命じた。若い、つってもオレとたかがみっつしか違わないのだが。
「ん、寝てねーよ」
「いえあの、別に寝ちゃ駄目って言ってるわけじゃないですからね。眠ってもいいですからね」
「うん。でもオレ眠くねーし。アレンこそ、睡眠不足で倒れられたら困るのはオレだかんな」
「わかってますよー」
何が気に喰わなかったのか、アレンは唇を尖らし不満げだ。
「でも、コムイさんもコムイさんですよね」
急な話題転換に少しばかり驚く。なんのことかと訊きかけて、ああと思い至る。朝の一件か。
「そんなに頼りないですか、僕は」
「怒るなって。コムイはそんなこと思ってねえさ」
「……じゃあ『室長』は?」
「……思ってるかも」
「もう!」
納得いかないとばかりに憤慨するアレンを尻目に、オレは窓の外へ目を向けた。多分にコムイならば頼りないとは思っていないだろう。心配はともかく。けれど室長という立場からなら、頼りないと、そういう見解にどうしても辿り着いてしまう。
「まあなあ……お前は無茶ばっかするから」
「無茶ってなんですか無茶って。じゃあ、街中の建物破壊するのは無茶とは言わないんですか? 難しいですね、英語って」
「ものすげえ剣幕ですねアレンさん。そんなに無茶というフレーズが気に入りませんでしたか」
「僕すごい真面目に話してるつもりなんですけ、ど!」
わかってるよ。
「……窓なんか見て。硝子なんか食べられませんよ」
「お前じゃないんだから」
「さすがに僕でも食べられません! 失礼な人ですね、ほんとに」
その言い分だと、食べられる素材であれば齧りつきます、というように聞こえるのだが気の所為だろうか。
「でも最近、寒くなってきましたね」
「もうすぐ雪も降るかもな」
「ええ。そしたら僕も、人目を気にしないで歩ける」
これにはどう返したものか。取り敢えず無難になんでと尋ねておく。色々と複雑な心境を抱えているらしい少年には、どう触れていいものかたまに躊躇ってしまう。そんなもの、億尾にも出しはしないが。
「ほら、僕の髪って白でしょ。いつもならフード被ってないと、どうにも気になって。だけど雪が降ったら、白で包まれるから」
「成程ね」
「ラビも結構目立ちますよね、それ」
それ、と目でオレの頭を指す。確かに、オレのはむしろアレンのよりも目立つだろう色合いをしている。オレが何か言う前に、アレンはでもと言葉を継いだ。
「はぐれたときはすぐに見つかるから。助かります」
「目印って訳かよ。それでもいいけど、極力オレの前からいなくなるんじゃねーよ、アレンくん」
「努力しますとも。迷うときは迷いますけれども」
「おい」
唇の両端を僅かに上げ、アレンは笑う。オレはといえば、まだ窓から目が離せないでいた。理由などない。アレンの顔が見れなかったのでも窓の向こうに何かあるのでもない。なんとなく、という曖昧な表現くらいだろうか、しっくりくるのは。
「ラビー? 到着するまで半日かかるんですから、もっと話しましょうよー。退屈なんですよー」
「そーかそら大変だな。眠っとけ」
「……なんか今日のキミ、すごい冷たい」
「そーかそら大変だな。放っとけ」
「………………」
さすがに黙り込んでしまった。ちらりと横目で様子を伺う、と。アレンはじとりとオレを睨めつけていた。
「……悪魔?」
「誰が悪魔ですか誰が」
「モヤスィ」
「モヤシじゃありませんアレンです」
「モヤシじゃないよモヤスィだよ」
「神田みたいなこと言わないでください!」
しまった、ユウと同レベルか。悪いとは思いつつ、ついつい後悔と反省。
「……具合でも悪い?」
「かいちょぉー」
「会長? 名誉職的役職?」
「違う。快調、具合は非情にいい」
わかっているであろうくせに、見事にすっとぼけられる。少し虐めすぎたかもしれない。
「ごめんアレン、拗ねんなって」
「す、拗ねてねいですけど?」
「口調おかしいぞ。なあ、お前暇なんだろ? 面白いことしてやろっか」
暇なのはアレンだけではない。汽車の旅なんてこれまでに両手では数えられない以上経験してきたが、やはりこの退屈加減だけはどうにもならない。けれど白状しよう、決してそれだけではなかった。頭の悪い、遊びにすらならない「遊び」を提案したのは。
アレンは目を輝かせて身を乗り出してくる。やっぱりやーめた、そうやってなかったことにしてしまえばよかったのに。
「手ー出して」
「どっち?」
「好きな方」
そう言われてどちらを出してくるかと思えば、当然のように右手だった。オレは珍しく手袋をしていない手を掴み、言った。
―――誰かの誕生日。そうだな、お前じゃあない。お前の大好きな、マナの誕生日」
アレンの顔は見ず、窓枠に頬肘をつきながらオレは淡々と述べた。みえていることを。
「お前はその日、マナを喜ばせようとして、」
「やめ……っ」
手を無理矢理放そうと躍起になるアレンを、オレはどこか冷めた感情でもって見下ろしていた。右眼が熱を持ったように熱いのに、身体は冷えている。すべての温度が、右の瞳に奪われたかのごとく。
「アレン、お前はマナを喜ばせようとして、だけど逆に、酷く哀しませたな」
「聞きたくない!」
掴んでいた手の力を緩めると、アレンはすぐに右手を引いた。聞きたくありませんと、息を切らしながらもう一度告げる。オレは自分でも自覚している程に冷たい視線で、それを眺めていた。どうやら感情だけではないらしい、冷えているのは。
「……っ、なんで、……何を、したんですか」
アレンの当たり前な問いは無視する。
「聖職者がそんなことしていいのかよ?」
「答えてください! キミは今、何をしたんです」
「お前は赦されないことをしたよな。マナはお前の所為じゃないっつったけど、あれは完全にお前の所為だ。子供心ってのは怖ろしいもんさね」
「キミに、何がわかるっていうんだ」
声が震えている。それでもアレンはオレを鋭い目つきで睨みつける。
「何も知らないくせに!」
「知ってる」
知っている。この眼がすべてみた。
「オレの右眼に映った事柄、事象。信じたくない? ならもっかい言ってやろうか?」
ひらひらとオレはアレンの手を握った手を宙で振る。
―――過去がみえると、そう言ってるんですか」
「主体に根深く残っている記憶なら、容易い。本人でも覚えてねーことなんかみようがねえしな」
「……今までも、僕に、誰かに触れて?」
「たまに。みようとしなきゃみえないし、それも滅多にしなかったけど。なあアレン、わかってる? お前がしたのは赦されないことさ。なのによく平気な顔してられるな。『ぼくは虫だってころしたことがありません』って顔を」
するとアレンは苦虫を噛み潰したような顔で、最低だと吐き捨てた。最低なのはどっちよとオレが返すのと同時にアレンは立ち上がり早足で姿を消してしまう。
「ガキだねえ」
なんて言ってみながら、オレだって十分ガキくさいことをしていると思った。白状しよう、これは暇潰しだけが目的だった訳ではない。まして親切心からきた行動でも。ただ、上手く言えないが、意地悪してやりたかったのだ。オレの中の困った嗜虐心が、ここにきて顔を出してしまって。
「……やっぱ、ガキくせえ言い分になっちまうな……」
頬杖とは反対の手で右眼を覆った。正確には、眼帯を。そこへ集中していた熱などもうどこかへ飛散してしまったのか、訪れる冬の寒さで僅かに冷えているのみだ。オレの心中と同じくらいに。






(recorder)



緑を放棄しまして/December 2nd.







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