てのなか/070816



自分という存在を演じるのはとても疲れる。 この腐った世界で生きやすいようにとイメージした自分が周りに馴染み溶け込み徐々に形づくられていくと同時に、名もない痛みが胸の内を侵食していく。 自分を振り回すだけのこの痛みをでき得ることなら感じたくはないし、感情に流されるなど自分には求められていない。ただ第三者として諦観しているしかないのだ。それが自分に課せられた責務であって、他の誰ができる訳でもない重要な役目。 なのに気がつけば、心臓を抉り取られるような痛みばかりが身を取り巻いている。そんなもの、いらないのに。自分という役割を演じるには、この変に焼けつく痛みは邪魔でしかないのだから。 他人の上げる悲鳴に、いつもなら見て見ぬふりをする。それだけでよかった。見ない聞かない知らない。身も知らない人間に同情する程博愛に満ちた人間ではないし、そんなものになりたくもない。 自分勝手と言われようが構わない。自分は他の者に心をくだけるような、そんなできた人間ではないのだ。自分のことだけでも精一杯なのに、なお他の見ず知らずの人間にまで身を割ける程の余裕などありはしない。 けれど頭と心は裏腹、そして何より正直だった。自分がどうするべきかわかっているのに、心はそれを無視してひとりでに歩く。自分ではない誰かを思って心を痛めているのは自分の意思ではない。温情だなんて、そんな馬鹿な。関係ないふりをしていれば楽になれるのに、どうしてだか巻き込まれようとする自分が嫌で嫌でしょうがない。 心を殺せばよかった。そうしたらくだらない痛みも徐々に麻痺していくだろう。いくら胸を掻き毟る程の苦しみを味わったとしても、次第に慣れていくだろう。痛みを感じるなんていう感覚でさえ麻痺し、感慨なく受け止められるようになっていただろう。 心を殺せばよかった。 殺しきれなかったのは、どうしても、切り捨てられないものがあったから。 そんな自分の弱さも、愛しいと思えるようになってしまったから。 「……救えねえ、」 間違っているとは知っていても、どうしてもラビは手の中の存在を握り締めることはできなかった。





(それとも次第に何かを見失い、それと引きかえのように何かを得た気分に酔っているだけなのか?)



inserted by FC2 system