いきてゆくために、わすれないために、
うらむがセリー





花はいつでも枯れないことはなかった。自分のように踏み潰されたらもう茎は折れ曲がってどうしようもなくみすぼらしくなるくせに、数日後には元気に花は咲いている。けれど花はいつでも枯れないことはなかった。命のあるものはいつか死んでいくのだと、誰かが言っていた気がする。だからああこれは自然なのだと。まったくもって自然なことであるのだと。哀しくはない。爪先から伸びる弱くも逞しいいきもの。少し足を前にやれば、少し足を捻れば、少し僕がころそうと思えば、なんてことはないただ死にゆくものにそれは変わる。人間もそうだ。いつか枯れて朽ちていく。永遠はない。どんな動物だって植物だって命が掻き消える瞬間がいつかくる。それを知っているのに、どうしてだろうか。目前に迫る死に畏怖し、生に縋る人間こそ、僕がこの世で一番嫌悪するものだった。


「手を、握っていてくれないか」。養父は言った。力なく横たわる男の手は骨と皮。彼の枕元に立つ死神こそみえないけれど、彼はもう長くはない。「お前がこうして握っていてくれれば、とうさんは、安心して死ねる」。嗚呼、どうしようもなく残酷な人だ。あなたの淋しさは手を握ることによって薄れるかもしれない、けれどそうして残されていくものはひとりになるのだとあなたは知っているのか。そう問い詰めたかった。やわらかに笑む男を僕は侮蔑する。多分一生その感情は拭われることなく僕のなかに沈殿するのだろう。僕はあなたを、そしてうらもう。「おやすみなさい」。永遠は、ない。
土へとかえっていくあなたを忘れないように深く刻み込む。世界の理はさすがのあなたも破れはしなかった。だからもう、花のように咲き返ることは決してない。最終的にあなたは負けたのだ。花と同じように、負けたのだ。けれどどうしてもわからないことがある。どうして僕は生き残ってしまったのだろう。どうして僕はあなたのように眠ることができないのだろう。幾度も幾度も踏み潰されてきた僕が、どうして生きて呼吸を繰り返しているのだろう。既に茎は折れ曲がってみすぼらしくなっているくせに。それを教えてくれる筈のあなたはもういない。狡い。と、思った。







(ごめんなさい、「ごめんなさい」。これは敗者なりのいきていく方法でございます、だからどうか、どうか神さま。僕とあのひとを、許してくださいませな)




071002
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