似てないわね―――今まで何度も何度も何度も、何度だって繰り返されてきた言葉には今更反応しない。ただ笑って、そっすねー、とだけ返答しておく。ご近所に変な噂を流されたくなくば、とかく愛想笑いの世の中である。そっすねー、よく言われます。DNAのふしぎってやつっすかねー。もしかしたらオレ橋の下の子、もしくはこうのとりに運ばれてやってきたかもしれんです。 そうやって当たり障りのない会話をすべきところを、オレのおとうとは逆方向を行く。やめてくださいに始まり、次にそんなこと言ったら名誉毀損で訴えますよ! で泣き出すのだ。真正の鬼でもなければ、そんな状態のアレンに追い討ちをかける真似はできないだろう(相手の反応は実に様々だったが)。 つまりオレのおとうとはそういう奴で、容姿も似ていなければ、性格も全然違った。 「にいさん聞いて。あのね、今日もまた学校で『おにいさんと全然似てないねー』なんて言われちゃいました。腹が立ったから、今からちょっと包丁持ってお邪魔しようと思うんですが」 「それ一方的にお前が負けるよ、裁判になったら。名誉毀損なんて言ってられねって」 「でもにいさんだってむかつくでしょ?」 「うん? あ、そーね。むかつくわね」 何かその答え方に不満を持ったようで、おとうとは調理中のオレの腰に手を回す。 「ちょっと! じゃれるな、腰に巻きつくな、」 手が滑って包丁飛び出てでんぐり返ってよからぬところに突き刺さったらどうすんだ! 「今日の夕飯は!」 語尾を補うと、「今日の夕飯はなあに?」ということだと思ったので、「ごはん」と言った。 「ごはん! 昨日も一昨日も一昨昨日もごはんごはんごはん! 米しか出てこないのか、我が家の食卓には!」 「ごめーんね。オレお米大好きなの。ファミレスでもライスはいつも山盛り」 「誰もファミリーレストランの話はしてません」 「あっ、ごめん米の話か」 「ごはん、というよりおかずの話です!」 「海鮮丼」 結局米だった。 商店街の安売りの広告が新聞に挟まっていた。落ち葉が烟る季節だったので、オレたちはしっかり身支度を整えて家を出た。 「トイレットペーパー、おひとりさま一個。ふたりなら、二個ですよね」 「あれ? もうなくなりそうだった?」 「うん。そういうとこ、無頓着だねにいさんは」 「だってオレ、ペーパー切れるときに中々遭遇しねえもん」 「違うでしょ、いつも切れる一歩手前をわざと残すからでしょ」 つんけんと言いながらアレンはトイレットペーパー(十二個入り)のビニールの取っ手をふたつ掴んだ(計二十四個)。確かにおとうとの言うとおりだったので、オレは何も言えなくなってしまった。 「昔さあ、有人宇宙飛行の実験に、犬が使われてたんだ」 「いぬ?」 年が変わる頃合になるとどこも掃除をし始める。オレたちだって例外ではなく、大掃除中、クローゼットの奥から発見された段ボール箱を開けると、そこにはぎっしりと本が埋まっていた。 普段読書というものに興味を示さないおとうとでも、宇宙の話ならばどうだろうかと考えて、「宇宙の星」なんていうなんともくさいタイトルの、図鑑めいたものを広げながら話す。 「まだ宇宙には誰も行ったことがなかったから、人間さまは手始めに自分たち以外の動物を飛ばしてみようって考えたんさね。多分」 「へえ」 「んで、まあ、動物ね。初めて衛星軌道に到達した宇宙船には、クドリャフカ―――ライカの方が一般的か? っていう犬が乗っててさ」 「ふぅん。それで、そのライカは?」 「死んだよ。安楽死させられたとか、打ち上げ数日後にはキャビンの欠陥による過熱で死んでたとか、一日と経たないうちにストレスで死んでたとか、色々あんだけどな」 「……ふぅん……その子、可哀想にね」 「ライカは迷子になってた犬みたいでさ、丁度いいとか、思ったんかもな。だけど犠牲を積み重ねるからこそ、科学は発展すんだろ。多少は、仕方ないとこもあるさ」 「…………ふぅん」 僕は理解できないです、おとうとはぽつりと漏らした。 ◇ ある日オレのおとうとは、突然に荷物を纏め始める。 「あれ、友だちんちにでも泊まりに行くの?」 問えばおとうとは首をふるふると横に振って、ボストンバッグの口をジャッと閉めてから振り返る。にこやかとは程遠い顔をしていた。 「ど、どったの」 「にいさん」 にいさん、と。呼ぶ。 「僕、疲れたので帰ります」 「はあ、帰る、と」 「今まで楽しかったよ」 ではね、とおとうとは立ち上がった。重そうなボストンバッグを持ってオレの横をてくてくとすり抜けていく。まるで嫁入りする前夜、みたいな風景だった。わたし、しあわせになります? 「おーい、ちょっと待てって、意味がわかんねって」 「僕はふたごの方がよかった」 「はい?」 「きょうだいごっこは飽きたんです。……いつか話してくれたライカみたいな迷子の僕を、拾ってくれてありがとう」 似てないわね―――今まで何度も何度も何度も、何度だって繰り返されてきた言葉には事実しか込められていなかった。当たり前だ、DNAの神秘でも、橋の下の子でも、こうのとりに連れられてきた訳でもない。たまたま家の前で行き倒れになっていた少年を、おとうととして迎え入れたのだ。 オレのおとうとはそういう奴だから、容姿も似ていなければ、性格も全然違うのも当然なのだった。 「あ、それとね。僕がいなくなっても、ちゃんと日用品は買い揃えてくださいよ」 それがオレたち擬似きょうだい決別の日。 呼び止めようと思っても名前すらお互い知らなかったので、伸ばした手は虚しく虚空を切った。 |