パラレルかもしれないしそうじゃないかもしれない/080617

謎めいている。と、アレンは思った。四方八方から聞こえてくる啜り泣き。まったく謎めいている。何がどうなって、(……こんなことに)。
真っ暗闇に灯る青白い光に照らされて、抱えていたポップコーンの影が、くるくると変わる。もしゃもしゃ、ぐすぐす、もしゃもしゃ、ぐすぐす、もしゃ、ぐすぐす、……、ぐすっ……。アレンの方はもう底をついたというのに、彼女の方はそうでもないらしかった。いつまで経っても涙が枯れることはないらしく、ずっと頬にハンカチを押し当てている、その姿ははっきり言って、異様だった。アレンの観点からすれば、それは、そう言うしかないくらいだった。
しかしおかしいことに、―――もしくは面白いことに、この場で異様なのはむしろアレンの方だった。ぐすぐすと洟を啜る音が聞こえるのは、何も右隣だけではなく、(意味わかんない)、全方向からするのだ。空になってしまったポップコーンの容器を、まるでバケツのように、アレンの左隣は涙を零していた(それ、用途違いますから)。
まったく、何故にここまで。
まったく、謎めいている。
まったく、理解できない。
たかが映画、たかがフィクション、何にそこまで涙できる。あれらのどこに、そこまで心打たれるものがある、(訳、わかんない)。
スタッフロールが流れ始めた。アレンはすぐに立ち上がったのだが、隣の彼女は、帰る素ぶりも見せない。「……あの、……終わったんですけど……」「今いいところなんだから、邪魔しないで」なんて言い種だ。「え、でも、もう映画は終わって……」「噛み締めている最中なのよ!」「はあ……」取りつく島もない。アレンは大人しく座り直した。
ぐす、と彼女は、また鼻にハンカチを押し当てる。
「アレンくん、ちょっと、私、あなたと他人のふりをしてもいい?」「は?」「今から、私たちは面識もない赤の他人です」
無茶苦茶なことを言い、彼女はすっと立ち上がり、本当にアレンの赤の他人のように扱った―――つまりひとりさっさと出口へ向かっていってしまった。
「ちょっと、リナリ、待って!」
大声で呼び止めると、彼女はぴたりと足を止めた。「他人のふりをしてって言っているでしょ」「ちゃんと説明してくれなきゃ、」(何もわからないままで、)、リナリーはそんなこともわからないの、とでも言いたげな目でアレンを見た。
「多分、泣いてなかったの、あなただけだよ」
「そんなの、……」
アレンはもう一度、周りをぐるりと見渡した。目に映るのは、鼻も瞳も赤くした人たちばかり。アレンの視点からすれば、おかしいのはリナリーを含む彼ら一般で、リナリーの視点からすれば、おかしいのはアレンただひとりなのだ。漸く飲み込めた。
(泣ける要素が見つからなかったんだから、仕方ないでしょうよ)
「……そんなのキミの見間違いだよ」
大衆が泣ける映画、泣かされる代物、それなのに自分ただひとりだけ大した感動もなしに席を立つ、そのことが急に恥ずかしく思えてしまってアレンは俯いた。腕に抱えた空のポップコーンの容器に、まるで涙を注ぎ落としているように。






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