フライパンのうえ_まっかにひらくよって






彼は、一言ではとても言えないけれど、ひどく不思議なひとだった。 そして嘘をとてもよく好んで使うひとでもあった。 悪いことに、彼は冗談でも本気の顔で言うので、僕にはそれが本当のことであるのかわからなかった。 いつも、そんなものだった。 それが、彼だった。
彼は、お弁当には、絶対に赤いウインナーを入れてくれと毎日のように言っていた。 あの、着色料ばりばりの、赤いウインナーを入れてくれと言っていたのだった。 僕は彼の言うとおり、十二個入りのパックを一週間に一袋、弁当箱に一日ふたつ、彼の言いつけどおりに赤いウインナーを入れていた。
ある日、たまたま大雨が続いてスーパーに買い出しに行けなかった、次の日、運の悪いことに、赤いウインナーが尽きていることに気づいた。 ああ、そういえば、もうなかったんだった。 僕は軽い気持ちで、その日は赤いウインナーのかわりに、赤いトマトをふたつ入れて彼にお弁当を渡した。
午後、彼は帰ってくるやいなや、きょうのこれはどーいうこと! と弁当箱を突き出して、僕を怒鳴りつけた。 どういうことって? 僕は訳がわからなくて、彼の剣幕に驚きながらも、尋ね返した。 お弁当、おいしくなかった? そーいうことじゃない、いつもどおり、ちょーおいしかった! じゃあいいじゃないか、と僕は思ったのだけれど、彼にしてみれば、僕の態度は、腹の立つものであったらしかった。 じゃあ、何がいけなかったんですか? 問うと、彼はむっつりして、本当にわからないのか? わかっていたら、こんな風に回りくどいことはしないと僕は言った。
「弁当に、あのウインナーが入ってない弁当は、弁当とは言わない!」
そういうことか、と、そんなことか、がいっぺんに混じったような気持ちになった。 けれどもそれを口に出してしまえば、彼の神経を逆なでしてしまうということは明白だったので、僕は大人しく反省しているふりをした。 だってやっぱり、大袈裟すぎると思ったのだ。
「ごめんなさい、入れてあげたかったんだけど、もう買い置きがなかったんです」
あのウインナーが入っていない弁当は弁当じゃないという彼の辞書には驚かされた。 不可能と言う文字は愚か者の辞書にのみ存在すると豪語した、かの英雄の言葉よりも余程大胆だと思った。
「そう思って、買ってきた」
弁当箱と反対の手には、スーパーの白い袋が提げられていた。
「あ、……ありがとう」
「うん」
白い袋の中に、赤いウインナーが二袋。 どうして、そんなにこのウインナーを好むのかと、僕は訊いた。 今はじめて、気になったことだった。 ただ好きだから、だけではないのかもしれなかった。
「あのさ、これ、着色料、すごいよ、もう、なんか、着色料の味がする、絶対こんなの身体に悪い」
「うるさいさ、オレがいつ、どんなときに、どこで、どんな風に死のうが、関係ないだろ、大体、近頃は、生前に食べたものから摂取した合成保存料の影響で、死体だって腐らない時代なんだ、土葬してる国だって、今はもう、埋めても中々腐らねえとか言って、不衛生だのなんだので、火葬してるくらいなんさ、だから、お前は大人しく、その着色料で真っ赤に染まったウインナー、この黄緑の弁当箱に、詰めてりゃいいんさ!」
最後は叫ぶようにして、彼は言い切った。
「はあ……まあ、キミがそれでいいんなら……」
人の人生だ、他人が指図することも、ないだろうと思った。 好きに生きてくれればいい、彼の思うがままに生きて、思うがままに死ねばいいと思った。
僕は、次の日から、彼の買ってきたウインナーを黄緑色をした弁当箱に、また詰めるようになった。 彼は満足そうに、明るい声のトーンで、ただいまを告げた。
「いやあ、実はオレの髪の毛、この赤いウインナー食わんと、色が白くなるんさ」
綺麗に完食してくれている弁当箱を洗っている後ろで、そんなことを、彼は嘯いていた気がする。






フライパンうえ




081206
このふたりは、ルームシェアしてる間柄、とかかも。
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