メフィストの言うことには
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俺の生活空間に無闇に勝手に無遠慮に入り込まれるのは非常に気色が悪い。土足で入っても乱さないまま何にも触れないまま出て行くならまだ許してやらないこともないが、許可なく入った上に汚らしい足でそこらを歩き回り荒らして出て行くとなったら話は全然別だ。泣いて謝ってももう遅い。死刑決行に猶予期間は存在しない。そしてこれは俺の人生においても同じことが言える。 「さて、そこにいる頭隠してけつ隠さずの馬鹿ども」 一時間前、俺が部屋を出る前までには絶対になかった筈の、ごみやごみやごみといったごみがそこら中に散乱している。深緑のソファの後ろからは狙っているかのように、人間の臀部がふたつ突出していた。厄介者とは、こいつらのことを言う。 「やあだなあ、けつだなんて」はじめに白い方が顔を見せ、「そおだぜえ、おけつと言わねば」次に赤いのが陰から出てくる。 「尻であることに変わりはねえ!」 こいつらときたら、俺の人生をどれだけ踏み荒らしても飽き足らず、いつだってふたりセットで俺に纏わりついてくるのだ。白い頭と赤い頭には一体脳味噌のかわりに何が詰め込まれているのだろうかと、俺は常々疑問に思う。 「俺の城に無断で立ち入るんじゃねえっつってんだろうが」 「無断じゃねえ!! ちゃんとオレたちインターホン押しましたあああ!!」 「ちゃんと僕たち合鍵使って入ってきましたああああ!!」 「てめええいつの間につくったああああ!!」 「ちょっ待っ今日はっ! そんなことされにきたんじゃない!」俺が拳を振り翳したところで、冷や汗をかいた赤いのはぶんぶんと首を横に振った。「今日はっ、きっちんとしたっ、用事が! 聞いて!」 「…………用事」 「そ、そう、用事」 「…………青褪めるくらいなら最初からすんな。鍵」ん、と手を差し出すと、白いのは素直に鍵を俺の手のひらに乗せた。「さあこれで用事はなくなったな! 速やかに退出しろ!」 「ええええオレそれはないと思うんだけどなっ」 「お前にはなくても俺にはある」 「ほんっとお前って友だちできないタイプだよね!」 「お前のようなちゃらけた友人なんぞいらん」 「ちゃらけてなかったらいるんですね。さすがに神田でもひとりは淋しいかあ」 「お前らと一緒にいるくらいならひとりでいいわ」 「そんなこと言って、僕らがいないと淋しさのあまり泣いちゃうんでしょう」 「やあだユウってば、かあわいーいー」 赤いのと白いのの首根っこを鷲掴み、ずるずると引きずって玄関に投げ捨てた。騒がしいことこの上ない。餌待ち中の小鳥か――と一瞬思ったがそんな可愛いものじゃないと考えを改める。鳥でなく、蠅だ。 「ちょっと聞いてって言ってんじゃんかー。オレたちまじで今大変なの」 「そう言って一度だって本当に大変だったことがあっただろうか、いやない。かっこ反語」 「うわあーこの人大人げないよーすっごい怒ってるよー」 知るか! 疲れて帰ってきているというのに朝までは綺麗だった俺の安らぎの空間がものの数十分の間にこうも汚されて、少しも怒らずにいられる人間など存在する訳がない。 「神田っお願い一瞬だけ話聞いて!」 「アレンくん可哀想な奴なのよー」 「ちゃんと掃除しますから。神田もこんな部屋で寝たくないでしょ」 「……なんだよ、早く言え」 じわじわと襲ってきはじめた頭痛を悩ましく思いつつ俺は弁解の余地を与えてやることにする。いつの間にこんなに丸くなったのだろうと自問自答。ただ今日が新年のはじめというおめでたい日であることも僅かばかり関係しているのかもしれない。 「あんなあ、アレンが忘れものしたって言うんさ」 「忘れものだあ?」 「ユウ見てない? こいつが絶賛片思い中の女の子のしゃしぶふう……っ!」白いのが赤いのの口を塞ごうと、同時に鼻まで巻き込んで力強く押さえつける。「余計なこと言わないでよっ」 「ぶぶう、ぶぶう!」 「……おい、息できてない」 「自業自得!」 「おま、おれを、元旦早々、ころすきか……!」 「で、神田、見てません? 僕と女の子が写った写真なんですけど」 見覚えがあるというか、こいつらがここで前後不覚になるまで飲んだくれたときに酔った勢いで押しつけられた写真ならまだご健在だが、 「……ああ、それなら確か、そっちの馬鹿が捨ててたぞ」 初嘘? 本当はきちんと保管している辺り。 「え……」一瞬で赤いのの顔から血の気が失せた。「ラビ……?」 「うそ……っ! ちょっとまっ、ほんと、オレそんなことしたっけ!?」 「なんなの、一緒に探して知らないふり!? ラビってば、そんなに僕が嫌いだったんだ!」 「違うってば! ほんとにまじに記憶ないんだもん!」 「そんなのはどうでもいいからさっさと謝って! 地べたに這いつくばって!」 「どさくさまぎれにSってんじゃねーっつーか大体さあ、そんなに大事なもんならお前がちゃんと持っとけよ!」 「なっ、責任逃れしないでよ! 最終的に捨てやがったのはキミでしょ!! ああもう、あれ一枚しかふたりで写ってるのなかったのに!」 「ストーカーかお前は! 気持ち悪いんだよ、ツーショットっつってもお前は限りなく偶々写り込んじゃった通行人Aだろ!」 「無節操なキミに言われたくないなあ! 年中無差別発情期男!」 「あっはっはいいねそれ! 肩にでも書いちゃおうかな、年中無差別発情期男ってさ!」 「馬っ鹿じゃないの! 誰も褒めてませんから!」 「お前さ、」俺が引き起こしたとはいえ面倒くさい事態になってきたので話を変える。「その写真の奴が好きなのか?」 「へっ、あっ、うんそうだけど何急に」 「いや……赤いのよりはお前の方がましかと思って……」 「まし、って? どういう……」訝しむ白いのの疑問を遮ってインターホンが鳴る。「あれ、お客さんですか?」 「丁度いいから、お前出ろ」 「え、でも神田のお客さん……僕他人……」 「お前他人じゃねえから大丈夫。早くしろ」 首を傾げながらも白いのがドアを押すのを見届けてから俺は問題の一枚を戸棚から引っ張り出した。メインとなって写っている少女の顔は俺がよくよく目にするものだ。 「わっ……な、なんで……!」それはまさに想像どおりの反応だった。「なんでリナリーがここに、」 「あれ、アレンくん? 明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします」 「り、律儀にどうもありがとうございます……こちらこそよろしく……」 写真の少女を目の前にして、白いのは何がなんだかわかっていない様子で取り敢えず頭を下げた。 「おーい、ユウ。これは一体どういうこと?」 「単純な話、そいつが俺と親戚だっていうだけ」 「し、しんせき……! 聞いてないんですけど……!」 「言ってねーし。それよりお前、これだろ?」 ぴらぴらと顔の横で写真を振るとあーだとかわーだとか叫んで、白いのは烈火のごとき勢いで俺の手から奪っていった。余程ばれたくないと見える。 「なあに、その写真」 「いやっ、全然、まったく、これっぽっちも面白くないものです! ささ、どうぞ汚い部屋ですがお入りください」 「汚くしたのは誰だおい」 「それはこちらの赤毛ですね!」 「きったねーぞてめー!」 「汚いのはキミの口調です。さ、どうぞどうぞ」 「あ、うん、ありがと」 繰り返すが、俺の生活空間に無闇に勝手に無遠慮に入り込まれるのは非常に気色が悪い。土足で入っても乱さないまま何にも触れないまま出て行くならまだ許してやらないこともないが、許可なく入った上に汚らしい足でそこらを歩き回り荒らして出て行くとなったら話は全然別なのだ。 「……なあお前、あれオレが捨てたって言ってなかったさ?」こそりと赤いのは俺に問う。「馬鹿だなお前、嘘に決まってんだろ」 新年早々ごみだめに埋もれさせられた屈辱を今晴らさずにいつ晴らすというのだ。 「リナリー、実を言うと俺は今、悩んでることがある」 「珍しいね、神田が悩みごとなんて。何?」 「こいつらお前の全裸想像して鼻血吹いてる変態なんだよ」 「ちょっとおー――!?」 「……ってい」 「リナ、その、違うんです! 全部この人が勝手に言ってるだけで、」すさまじい破裂音が響く。殴られたのは言わずもがな、白い方。「最っ低よ!!」 俺の親戚だけあって手が出るのは早いらしい。少女は顔を真っ赤にしてどたばた慌ただしく部屋を出て行った。 「…………かんだ、キミって人は……」 「さすがに鼻血は出してなかったか」 「そもそもが事実無根です! 鬼! 悪魔あ!」 「てかさっきこいつらって言ったよね!? オレも一緒になってはあはあしてるみたいじゃん!」 「誰もはあはあなんてしてないし!」 うわーんなんていう子供みたいな泣き声を上げて、白いのはテーブルに突っ伏してしまった。 「ふん、なんとでも言え」 多少は気分も晴れたので、よしとする。 やっぱり神田視点でいくと詰まる……詰まるっていうかもうどうしようってなる……神田……厄介なやつめ……そもそもシリアスになる予定だったのにね…… |