アウフヘーベンなるわたし/20110101



きみはよく歌います。たのしくてもかなしくてもくやしくてもおこっていても、しまいには歌ってすべて片そうとします。やりきれない思いもすべてまるめこんでなかったことにしようとします(例外は、よろこばしいこと)。
きみはよく歌います。
オレが絶望を前にしたときも、やはりきみは、同じようにオレを前に歌いました。
「元気が出るように」、きみは笑って言いました。調子っぱずれな音程で、元気が出るかといえば確かに肯定することはできないし、オレはきみに対してはいつだって素直でいたかったし、だから、「うんありがとう」と率直な気持ちだけ伝えることにしました。酷く、きみは音痴でした。
「ああ、なんです、その顔。どうせ元気なんか出るわけねーだろ、ばあかくらいに思ってんでしょう」
「ばあかとまでは思ってねえけども」きみに対しては素直でいたいと思うから、否定することができません。「……思ってないけども……」
「あーほらほら、中途半端なやさしさ! ちゃんと言ってくれた方がいくらかすっきりするのにな」
きみがやさしさと称すこれは、決してやさしさではないのに。ただの自己満の域を出ない限りは。
「それにしても、ねえラビ、今日は寒いね」
「冬だからな」
「それなのに、どうしてきみは天体観測なんてはじめてしまったんでしょう。あー、寒い……」
寒い寒いと言いながら、きみはオレの隣に腰を下ろします。こっそり宿を抜け出てきた筈なのに、嫌になるくらいオレの気配を追う人間でした。
「お前、ついてくることなかったのに。風邪引くといけないから、中へ入りなさい。ほら」
「嫌ですよ、きみをおいて……たとえばきみが熱を出したとして、明日の任務に支障が出たら、コムイさんに叱られるのは僕ですよ」
「オレはお前と違って柔じゃないもん」
「ふんだ、僕だってそこそこ鍛えてるんですからね」
ぶう、とオレの横で頬を膨らますきみを見て、なんだか不意にオレの悩んでいたことなどどうでもよくなってしまいました。だからきみといると危ういなとも、思ったりするのです。そんなことを考えながら、オレはかじかんだ指先に息を吹きかけました。冬の到来を、空気が白く染まることで目にしました。星なんて、ちいとも見ちゃいなかったのです。
きみはよく歌います。オレはそれを隣で耳にします。これがいつまで続くのか、きみはいつまでそうしてくれるのか、目下オレの悩みとその先の絶望は、つまりはきみの存在ひとつでした。




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