June marriages are happy. 





「ねえ、見ましたよ!」意気揚々と教室に飛び込むと、アレンはまっすぐ目的の席まで向かった。「神田、今日誕生日なんですってね!」
上級生の教室にもの怖じせず飛び込んでくるのは彼くらいのものだろう。なんと言えばいいのだろうか、彼は少々人より鈍いところがあった。周りの空気を読み取る才能に恵まれなかったらしい。アレンはオレの隣で一瞬のうちに不機嫌な顔をつくり出した親友にも、遺憾なく空気読めないぶりを発揮した。
「アレンー、声でっかい。ていうかそんなんどこから知ったの。何見たの?」見かねたオレは爪先で机を弾き出したユウにかわり、率直な疑問から解消しようと試みる。「ユウの誕生日ってトップシークレットなんだけど」
「え、どうしてですか?」まあそれが当然の反応だろうが、アレンは純粋に疑問らしく首を傾げ、それから一枚の学生証を取り出した。「あ、そう、それでこれ、落としものですよ」
そこに印刷されている生徒の写真が目に入った瞬間、ユウはものすごい勢いでアレンの手からそれをひったくった。理由は色々あるのだろうが、彼は特に写真写りが最悪なのをオレは知っている。これじゃお前さあ指名手配犯だよ、などと担任に茶化されたのを今でも根に持っているのだ。
「……てめえ、いつパクった……?」
折れてしまうのではないかと心配になるくらいに、ユウは学生証を握り締める。アレンが盗んだのだと疑っているらしい。
「ちょっと、人の話聞いてます? 落としものですよ、落としもの! キミが落としたんです! 僕のクラスの人が拾って、お前仲いいだろーって預けられまして」
「ちょっと待て、いつから俺とお前の仲はよくなったんだ?」
「ん? 仲いいでしょう、だってキミ、僕やラビ以外とは全然会話しないじゃないですか」
基本的にユウは口数が少ない方だし、加えて目つきが悪いのでクラスメイトでさえほぼ近づこうとしない。本人も少し人間嫌いの気があるようで自分から人に話しかけることもないというのだから、人間としてのステータスは限りなく低いと言わざるを得ないだろう。
「それより、どうして誕生日、知られたくないんです? みんなに祝ってもらえる日なんて、そうそうあるものじゃないのに」
「おめでてえやつだなお前は! 脳内いつでも花畑かっつの!」
「あはは、頭の中に花なんて咲きませんよ。神田でも冗談言うんですねえ」
「くあっ! 嫌味が通じねえええ」
「ちょ、ユウ落ち着いて」
「そっか、神田も誕生日か……申し訳ないんですけど、あと半月待っててくださいね」
顔面を両手で押さえて仰け反り出すユウを押さえている間も、アレンは訳のわからないことを言いはじめる。半月って、何が?
「あのね、僕の誕生日十二月なんです。そしたら僕、十六になりますから」
にこにこ満面の笑みでアレンはやっぱりよくわからないことを言った。
「てめえが十六になるのが、俺になんの関係があるんだよ」
「えっ……やだ神田、こんなところで言わせるんですか……?」
何やらもじもじと恥じらっている様子なのだが、本当に、どこにそんな要素があったというのだろう。本格的に目の前の後輩の将来が心配だった。話が噛み合わないというか、通じていないというか。アレンは頬を赤くしてユウの耳元へ口を寄せる。ぼそぼそと小声で何か呟いたようなのだが、生憎オレにまで伝わらなかった。
――よしわかった、そんなに三途の川で泳ぎたいって言うなら俺が今すぐ送ってやるよ!」
「ちょっとちょっと、どうどう! 何言われたの!」
椅子を蹴倒して立ち上がり、鼻息荒く右手を振り翳すユウを羽交い締めにする。声が小さくてよく聞き取れなかったのだが、取り敢えずアレンはユウを苛つかせる天才であることは間違いない。
「さんずのかわってどこですか? おいしい魚います?」
「おめーが魚になれよ! 俺が今すぐ送ってやるからぴちぴち泳いできやがれこの変態が!!」
「ユウ、ユウ、皆見てるから! 皆見てるから、落ち着こう。な?」
はっとしてユウは教室中を見回した。普段クールで寡黙な男として通っているユウのこの荒ぶりようにクラスメイトたちは何ごとかとこちらの様子を伺っていた。
「お前ら見せもんじゃねえぞ! こっち見てんじゃねえ!」
「お前はどこのチンピラさ。いいから、はい、外出よう。アレンもこい」
「はあ」
間の抜けた返事をして、アレンは俺たちの後について教室を出た。昼休みなので当然廊下にも人混みができていたが、あんなに興味津々の視線を寄越されては敵わない。
「……それで?」
「俺もうこいつと同じ空気を吸いたくない」
「駄目ですよ、そんなこと言ったら。ラビが傷ついちゃいますよ」
「オレ!?」
「ラビじゃねえよてめえのことだよ都合よく変換してんじゃねえ!」
心配を通り越して尊敬の念すら抱きつつあるのだが、どうしてこうまでアレンは自分に都合のいいように解釈できるのだろうか。むしろそれは一種の才能のように感じてきた。
「ほら、話が進まないから。取り敢えずユウは何を言われたのか教えてくれ」
「俺の口から言えと!? どんな罰ゲームだ、それは!」
「そこまで!? ちょ、アレン、お前ほんと何言ったの、」
「え、だから……」引き続き顔を赤くしてもじもじとしながら、アレンは右斜め下に視線を落とす。女子か、お前は。「僕が十六になったら、約束どおりけっこんしてくださいって……」
――え、っと」オレは今、信じられない単語を聞いた気がする。「……オレは一体、どこから突っ込めばいいのだろう……」
「全体的に突っ込めよ! あり得ねえだろこいつの言ってること!」
「あ、うん、そうね、そうよね、おかしいわよね……」けっこん、と言ったか今。けっこん。けっこんけっこんけっこん。……結婚?「だめだめだめ! 結婚駄目! アレン、大丈夫か、男同士は結婚できないんさ!」
「あ、僕女役でいいんで全然大丈夫です」
「何が!? 何が大丈夫なの!?」
「それよりお前、約束どおりってとこ突っ込めよ! 俺そんな約束した記憶ねえぞ!!」
「あっそうだ、衝撃的すぎて」
ユウがこれ程までに拒絶しているのに、自ら結婚を約束するだとか、到底信じられることではない。このとおりアレンという少年は割と突飛なところがあるので、彼の言い分はまるであてにならないということは確かだが。
「アレンそれ、なんかの間違いじゃねえ? ユウがそんな約束するとは思えないんだけど……」
「え、僕が十六になったら結婚してくださいって言ったら、いいよって言ってくれましたもん。夢で」
「待て待て待て、……え? ゆ、夢?」
「すごいですよねえ、神田に会いたいなあって思ってたら、僕の夢にわざわざきてくれたんですよ。そこまで愛されたなんて、知らなかったなあ」
「…………、」
オレとユウはもう開いた口が塞がらなくなって、ただ本当にうれしそうに話すアレンを見つめていることしかできなかった。夢と現実を混同しているのか、夢も現実の一部だと思っているのかは定かではないが、もうオレたちにはこの後輩がとにかく、
「怖い! お前怖いよ!」
「えっ、急になんですか、ラビ」
アレンが以前からユウのことをそういう目で見ていたのは知っていた。彼は憚るということを知らないので、ことあるごとに好きだのなんだのユウに言っていたのだ。しかしここまでくると、もはやたちが悪いと言うしかない。
「あ、でもそっか、神田の誕生日が六月なら、挙式も六月にしましょうか! ほら、よくジューンブライドと言うし。僕も待ちますから」
「ああー! それ禁句だってアレン!」
「こんなに人を殺したいと思ったのははじめてだぜ。よし、手伝えラビ」
「ほらあー!!」
ユウは珍しく笑顔を見せたが、オレは知っている。彼は本気で怒っているときや腹が立っているとき、とてもいい顔で笑うのだということを!
「えっと……どこら辺が言っちゃいけないことだったのかわからないんですが……そんなに恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」
「ほお……」
「いやもうアレンちょっとお口閉じててもらってもいいかな! そっちの方がお前のためだと思うんだ、うん!」
どうしてオレがこんな大変な目に遭わなくてはいけないのだろう。オレが何をしたっていうのだ? さっさとチャイムよ鳴ってくれ――と願ったら、あまりにもオレが可哀想だと思ったのか、天の助けとしか思えないタイミングで予鈴が校舎に鳴り響いた。
「助かった!」
「助かったってなんですか」
「おら、アレンも早く教室戻れ! 次授業だろ!」
「はあーい」渋々、といった感じでアレンは返事をした。「あ、そうだ忘れてた。神田、」
「まだなんかあんのかよ」
「お誕生日おめでとう。幸福な一年になりますように。――じゃあ、またきます!」
アレンは大きく手を振って、そのまま自分の教室まで走って戻っていった。
「……おめでとう、だってさ。よかったな」
「うれしくねえ……」
明らかにアレンが姿を表す前より精気を失った顔で、ユウは肩を落とした。
「んで、まだ引きずってんの? 小学校のとき六月の花嫁って散々からかわれたこと。お前もいい加減忘れろよ、六月生まれなんてユウだけじゃないだろ」
「うるせえな、お前もそんなちっせー頃にいつお嫁に行くんですかーだの、新婚旅行はどちらですかーだの毎日毎日言われてみろ! 絶対トラウマになるっつーの」
「子供はおそろしいなという話かー」
「なあ、ラビ」ユウは教室のドアに手をかけて、そこでぴたりと静止した。「あいつ、本気だと思うか?」
「……本気、って?」
「だから、俺が好きとか、結婚しろとかだよ!」
「さあ……嘘じゃないとは、思うけど」
ああいう理解し難い言動が多い子だから、アレンがどこまで本気であるのかオレにはわからなかった。ただ本心からそう言っているように思えるのも確かだ。ユウは一言、へえ、とだけ呟いて、さっさと席へ戻って行ってしまった。何やら耳がほんのり赤いのだが、それは満更でもない、ということなのだろうか?



抗生物質じゃ治らない:6 June. 2011
神田とこのサイトがお誕生日だから神アレ書こうと思ったのに……アレッ/神田、誕生日おめでとう!
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