葉脈



「夢をみました、師匠のおかあさんになる夢」

師匠はいつも傷だらけで帰ってくるからとても気が気がじゃなくて、学校にだって頻繁に呼び出されるくらい困った子供。僕は帰りの遅い息子を待ちながら、お気に入りの本を読む。微睡む頃にやっと師匠は帰ってくる。また寄り道してたんでしょう、と怒る素振りを見せると、師匠は少し慌てたように明日はちゃんと早く帰るからと僕に約束する。実はこれ、何度も聞いている台詞なのだけれど、僕はにこりと笑っておかえりなさいと師匠の頭を撫でる。師匠は子供扱いするなと言って背を向けてしまう。だってあなたはいつまで経っても母さんの愛しい子だよ、そう言うと、その背中はくすぐったそうにする。




「夢をみました、師匠のおとうさんになる夢」

やっぱりやんちゃなのに変わりはなくて、でもお母さんと違って男はこれくらいじゃなければと思っているのが僕。何故か教師や大人というものに逐一反発するのだけれど、曲がったことは大嫌いでどんなときも一本筋を通そうとするのが師匠。今はまだ未成年だけれど、いつか成人したときは一緒に酒を飲もう、と何かにつけ僕は言う。息子とお酒を酌み交わすのが、どうも夢らしい。師匠がああ、ああ、そのうちな、なんて言っておきながら、夜な夜な酒盛りをしているのを感づいていない訳ではないのだけれど、どうもその現場を押さえることができないのである。余程周到にお酒を用意してひとり楽しんでいるのだと思うと、なんだか微笑ましくさえ思えてしまうので、僕の方が重症だったりする。




「夢をみました、師匠のおにいさんになる夢」

師匠の兄になると、もしかすると母よりも父よりも大変なのかもしれない。まず同じ学校へ通うと、当然先生方からきみは彼の兄なのだから、きちんと面倒を見てあげなさいと言われるのである。つまり面倒ごとに首を突っ込まないように、しっかり見張っておけということなのだけれど、僕に師匠の手綱を握るのはどうしたって不可能だと思う。だっていつでもどこでも師匠と共に過ごせだなんて、拷問以外の何ものでもない。師匠程、自由奔放に生きる人間を僕は知らないし、師匠程、人を振り回す天才を、僕は知らないのだから。でも最終的には、しょうがないなあと言って、師匠のために頭を下げていたりするのだから、救えない。




「夢をみました、師匠のおねえさんになる夢」

女関係にだらしがないというか、とにかく取っ換え引っ換え女性を連れて回っているのをよく見る。帰り道だとか、たまにそんな師匠と鉢合わせたりするのだけれど、僕はそんな弟がとにかく恥晒しにしか思えなくて、ひたすら他人のふりをする。師匠はそんな僕の心中などお見通しなのか、すれ違うときにやりと笑う。それから家に帰ってきても、姉貴は胸がないから男のひとりもできないんだよ、などと腹の立つ嫌味を言ってくれるのである。僕だって努力はしている。けれどちっとも効果が現れないのだから、しょうがないじゃないか。




「夢をみました、師匠のおとうとになる夢」

弟になった僕の目には、師匠は大変格好よく映る。家族は兄の真似だけはするなと口を酸っぱくして言うけれど、僕は師匠に強く憧れる。教師に歯向かったり、授業をわざと受けなかったり、喧嘩も強いし、女性にももてる。これで憧れるなという方が無理である。僕も師匠の技を伝授してほしくてついて回るのだけれど、いつも鬱陶しがられて、挙句の果てに気がついたら撒かれている。結局迷子になった僕を捜しにくるのは師匠で、だから嫌いになんてなれないし、やっぱり師匠のようになりたいなあなどと、間違った価値観を育てている。




「夢をみました、師匠のいもうとになる夢」

もしかしたら、一番やさしくしてくれる立場かもしれない。なんだかんだ言って、師匠はフェミニストというやつなのだろう。僕が道端で変な男の人たちに絡まれていても、呼んでもいないのにいつも助けてくれたり、何かと頼りたいときは、どうしてかそばにいてくれるのである。地球の裏側からでも、僕が呼べばあらゆる手を使って飛んできてくれそうな、そんな感覚に陥る。そんなだから、影でシスコンと悪口を言われて、師匠が本気で怒りながらそれを否定していても、僕はうれしくなるだけなのである。帰り道、知らない女性と連れ立って帰る師匠におんぶを強請ってみても、優先されるのはいつだって僕なのである。




「夢をみました、師匠のこどもになる夢」

とてつもなくシュールだったのだけれど、そこはさすが、夢というしかない。師匠が僕の父で、僕は師匠の子供。当たり前だけれど師匠は既に大人で、綺麗な妻がいる。彼女はいつも師匠に寄り添って、師匠も彼女を大事にしているのがわかる。それは師匠が散々やってきたような遊びとか、一過性のものではないようで、確かに愛だったと思う。僕は、そんな彼らの子供なのである。
自覚するが早いか、涙が後から後から溢れ出た。




「他にも、色々、そりゃもう色々、みましたよ。おじいさんもおばあさんも、お隣さんも、ペットも、ああこれは犬とかそういうので、だけど、どうしたってぼくが一番になりたいものにはなれませんでした。どうしてかな、どうせ目を覚ましたときに空しい思いをするのはわかりきっては、いるんだけど」
こんなことを言われたって、当の本人には迷惑なだけだろう。だから僕はおとなしく、そのまま、従順に弟子のままでいることを選ぶ。師弟の形を今更壊したところで、残るものがあるとも思えない。だからこれは、単なるひとりごとである。ただ僕のそばに、ティムがいてくれているというだけで、誰に聞いてもらおうとも、師匠にどうこうしてもらおうとも、本当に、ちっとも思っていないのである。
「でも、僕はどうしても、どんなに望んでいても、師匠の恋人にだけはなれなかったんだ」




20110801
ロードが学校へ通っていたので……師匠にも通わせちゃったりして……あと801(やおい)で081(おっぱい)だっていうからこんなことに……。
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