怯える背中と憂う口






どうも、探偵です。間違った、どうも、迷探偵です。
いや別にふざけているつもりは毛頭ない。ちっともない。これっぽっちもない。オレは今迷っている。ほのかにいいにおいのするパンツを片手に、これをどうすべきか思案しているのである。ぶっちゃけ動揺している。思わず鈍い頭の痛みを忘れてしまうくらいには、もっと言えば思わずにおいを嗅いでしまうくらいには動揺している。だってそうだろう、何故にオレの手にパンツ。意味がわからなければ訳もわからない。既に起きたときからこの状況は確立されていた。パンツと言っても女ものではなく、男子用の極めて普通の下着である。それを、オレは、目覚めたときから、この、右手に、握り締めていたのである。これはまさに由々しき事態というやつだろう。笑いごとではない。これは怖い。だって、お前、起きたら右手に見知らぬパンツだぞ! 誰にともなく心の声が荒ぶる。そう、問題点は、そこだった。このパンツの所有者は一体誰なのか、どうしてオレの手にあるのか、一切がわからないのである。勿論実はオレのパンツでしたなんてこともない。確かめてみたけれどきちんと穿いていたし。……何故下着以外身につけていないのかは、取り敢えずおいておこう。
「……や、問題点……?」
段々と脳味噌も覚醒してくる。頭を鈍器で殴られたといえば大袈裟すぎるけれど、ずきずきと、二日酔いのような頭痛がオレを苛んでいることからして、いや、おそらくというか確実にこれは二日酔いであることからして、もう何がなんだかわからない。昨日、オレは、何をしていた? その記憶がないことにも気がつく。そして、ここがオレの部屋ではないことも。教団側から与えられた部屋は、じじいと共同で使っているし、第一こんなに小奇麗というか、さっぱりというか、片づいてはいない。オレたちの部屋なら、もっと新聞とか、書物とかの紙類で溢れ返っている筈である。ぐるりと回りを見渡せば薄気味悪い絵画と、がらんとした生活空間の感じられない部屋、それからベッド周りに、できれば見なかったことにしたい脱ぎ散らかしたオレの衣服が目に映る。
それからもぞりと、何かが動く感触がした。足元の方でだ。つまり、オレが寝ていたベッドの、オレの足元で、何かがもぞりと動き、――それは頭を出した。
「……これは……ねえわ……最低で、最悪な朝だ……」
何故だか本当に参ったときに溜息は出てこない。もしやオレは酔った勢いで一線を越えてしまったのか。襲って、しまったのか? そうだとしたら、――もうどう謝っていいやら見当もつかない。もういっそこのパンツを頭から被って全力で何もかも見えていないことにしたいくらいには、最悪である。シーツから這い出た人物は、まだ寝ぼけているようできょろきょろと辺りを見回して、最後にオレに視線を寄越した。オレはといえば、この自分のものではないパンツを猛烈に握り締めている図を見られたくなかったので、その間に速やかに枕の下へ問題のパンツを滑り込ませた。だってこんな醜態、見られてみろ! よくて変人、悪くて変態扱いが待ち受けているに決まっている! 今日の心の声は、いつもより五割増で荒ぶっている。
「……おはよう、ございます」
「ん、ああ、おはよう……」
ぼんやりした顔で一体何を言われるのかと思えば、平凡な朝の挨拶だった。アレンは目をこすりながら小さな欠伸をひとつする。……え!? この状態になんの疑問も、なんの葛藤も、なんのあれも、ないのか!? もう口に出してしまった方が早い。
「アレン……あのさ、お前、」
「このことは僕らふたりの秘密で」
「は?」
尋ねきる前に、秘密とは。アレンはオレの言葉を見事に遮ってくれた。
「いや、秘密って……」
「勘違いしないでくれますか? どうして僕がキミと? 冗談じゃな――
「違う!」
「は?」
今度はアレンの方がそう反応する番だった。けれどオレも一体何を違うと思ってそう言ったのかわからない。わからないけれど、なんとなく、このままアレンに喋らせているのはまずい、ような、気がした。二日酔いからくる気分の悪さと、この説明をつけられないありさまに耐えられず、オレは額を手で押さえる。
「……じゃ、なくて、お前とオレは、なんで、同じベッドで寝てんの?」
よく見れば、いやよく見なくてもわかることだけれど、オレは今やっとアレンがシャツを着ているということを認識した。訝しがりながら完全にベッドから降りたアレンは、シャツどころか、上から下まできちんとした格好だった。つまり、このパンツは、アレンのものではない。
「呆れた。なんにも覚えてないんですか」
視線が突き刺さる。覚えていないものは覚えていないのだから仕方があるまい。けれど何故そうもアレンはオレに冷たく当たるのだろう。持ち主不明のパンツも、アレンと同じベッドで寝た理由も、何もかもさっぱり記憶に残っていない。ブックマンの後継者としてこれでいいのか、オレ。けれどどうしたって、覚えていないものは、覚えていない。
「ねえ、キミはこう思ったんじゃない? 僕がキミに足を開いたって」
あまりにもど真ん中すぎて、咄嗟の言葉も出てこない。まさにそのとおりである。誰のか知らないパンツを握っていたこと、オレがパンツ一丁だったこと、一緒のベッドでアレンが寝ていたこと、これらすべてをかけ合わせたところで、到底信じたくはない答がオレの頭の中に弾き出されてしまったのである。オレはアレンと寝てしまったのではないか。それは、性的な意味で。普通の男児ならばこんな結果に直結しないだろうけれど、オレにはいかんせんやましさがあった。日頃からアレンをそういう目で見ていた、その事実があるから否定も肯定もできなかったのである。
アレンはなんの受け答えもしないオレに、やっぱり、とでも言いたげな顔を見せた。もしかするとレンは気づいてしまったのかもしれない。オレがずっと隠し持っていた恋情に、ずっと理性で抑えつけていた肉欲に。
「馬っ鹿みたい! 僕がキミを相手にするって、本気で思ってるの?」
「ごめんて、だってほら、勘違いもしちゃうだろ、こんな状況じゃ」
「自惚れないでよ、自分がそんな価値ある男だと? 僕がそんな安い人間だと? ほんと、ばかみたい、そんな、そんなのっ……あるわけ、ない……」
「アレン……?」みるみる曇り出す表情に、オレも慌てて否定する。「わかってるって、ちゃんとわかってる、お前となんて絶対にあり得ないし! だって、オレたち、男同士じゃん? 一度もお前のこと、そういう目で見たことないし! だから、そういう……こと、も、しようがない、っていうか……できないっていうか……だから……うえっ!?」
しどろもどろに弁解をつづけていれば、何かが気に触ったらしく、アレンはついに泣きはじめてしまった。当然、オレにはその理由もわからない。ああもう、今日はどうしてわからないことが次から次へとこんなにもやってくるのか!
「なんで……なんで泣くんだよ……まじでさいあ……く、?」
しまった、オレ心の声さっきから出ちゃってるじゃん――なんて気づいてももう遅い。アレンは殊更傷ついたような目でオレを見た。そしてきつく唇を噛み締める。これ以上涙を落とさないように踏ん張っているようにも見えるけれど、それが指し示すこと? 言うまでもなく、わからない、だ。







その日、アレンはついにある行動に出た。あの男はおそろしく鈍い。こちらの気持ちなど黙っていても汲んではくれない。そのことは十分すぎる程身に染みていた。だからアレンはひとつの賭けをすることにした。
まずはあの男を泥酔させる。これは単純明快、記憶をなくさせるためである。アレンの計画では、なるべく記憶はない方が望ましかった。アレンの師であるクロス程酒が強いとそうもいかないけれど、男の場合、そこまで酒に強いという訳ではないらしいというのは既に知り得ている。そこで男を自室へ呼び出し、散々酒を煽らせた。思惑どおり男は前後不覚になるまで酔っ払って、飲み場にしていたベッドにそのまま倒れ込んでしまった。
ここからが本当のはじまりである。アレンは男の重たい身体を持ち上げ衣服を脱がしていく。更にそれをベッドの周りに、さも何かがあったかのようにばらまいた。これで終わりではない。大量の酒瓶は、下手に不審がられても困るのですべてベッドの下へ追いやり、洗濯済みの自身の下着をラビの右手に握らせた。自分の衣服はどうしようかとも思ったけれど、恥ずかしさが先立ち、そのまま男の眠るベッドに潜り込むことにした。
そして迎えた朝。結果としては、まさに最低最悪。聞きたかったことだけれど、聞きたくはなかった言葉を、男はぼそりと呟いたのである。







082秘密



20110802
今日はパンツの日らしいので、ぱんつのひみつ、です。あほ丸出しなのはわかっている。そして、要は、すれ違い。
ところで文中にパンツという単語をこんなに出したのは生まれてはじめてです。おめでとう!おめでとうパンツの日!パンツパンツ!

inserted by FC2 system