この世で一番残酷な動物をぼくは知っている、



ベッドのふちに腰かけると、長年酷使しつづけてきたスプリングが苦しい音をたてる。子供の頃からずっと使っているものだけれど、だからこそかえどきがわからないのだ。
「なあ、そう、泣くなよ」
いつの間にか、恋に破れた幼馴染みをあやすのは他でもない自分の仕事になっていた。アレンは小さな背中をぐっと丸めてひたすら嗚咽を零している。泣きやめといくら声をかけたところでアレンに届いていないのは明白だったけれど、いい加減オレもうんざりしているのだ。
そりゃあ、失恋は哀しいさ。自分の思いが伝わらない、うまいこと伝えられても実らない虚しさはオレだって経験したことがあるから、何も哀しむななどと無茶なことは言わない。
ただオレは、いい加減うんざりしてしまう程、この幼馴染みがどうしようもない奴であるということを知ってしまっている。
「お前、これで何回目だ? オレはいつまでお前をあやしていればいいんだ?」
「きみが、」鼻水混じりのくぐもった声だ。「勝手に、していることでしょう、」
「勝手に人の部屋上がり込むだけじゃ飽きたらず、勝手に人のベッドを占領して人の枕を鼻水だらけにしているお前が、それを言うか」
オレのベッドの上に猫のように丸まって、オレの枕で一生懸命鼻水を拭っているアレンをここで殴ったとしても、オレは誰にも非難されないという自信がある。被害者は自分だ。
「……ラビ」Lの発音がとんでもなくあやしいが、
「なんですか」オレはとにかく幼馴染みに甘い。
「頭撫でて」
このやりとりも何度目だと嘆息しつつ、オレはアレンの小さな頭に手のひらを乗せる。色素の失せたやわらかい髪が、オレの指の間からはらはらと流れていく。きつく握りしめていたアレンの手が、ゆっくりと力を抜いていくのが見えた。
「お前なあ、」オレは、どうしたって幼馴染みに甘い。「学習しろって、もう何十回と言ってるだろ」
アレンは昔から恋に生きる性分だった。それはもう、生まれつきと言ってもいい。好きな人ができたとうれしそうに報告してきては、その数日後ふられたとオレに泣きついてくる。その度にオレはこうしてアレンの頭やら背中やら撫でるように強要されるのだ。
アレンが欲するのは、いつでも慰めの言葉などではなかった。
そして、何度もそれが繰り返される。昔からだ、本当に。
「……今度こそ、大丈夫だと思ったんだ……」
アレンは一言そう漏らすと、顔を埋めていた枕のすぐ隣にあったオレの膝の上へ頭をずらす。やっと見られたと思った横顔は、いつものように目蓋も鼻も何もかも真っ赤だった。
「お前は本当……赤鼻のトナカイかよ」
例のトナカイを彷彿とさせる鼻を摘まめば、アレンは息ができないと言って首を振る。アレンの目があまりにも痛々しく腫れていたので、年中低体温を誇るオレの手を乗せてやった。やさしさから冷やしてやろうとしたのか、それとも自分が見ていたくないだけなのか、自分のことながらはっきりとはしない。
「……僕のところにも、サンタクロースはくる?」
いきなりなんだと思ったけれど、そういえば明日はクリスマスだ。アレンはその日、生を享けた。
「いい子のとこにしかこねーよ」
「僕、いい子じゃないのか」
「訂正、サンタクロースがくるのはいい子にしている子供のところ。お前は明日でもう十六だろうが」
クリスマスが誕生日とは、中々洒落ている。神の申し子だとか、ふざけてからかったこともあったっけと思い出す。
「あのね、ラビは知らないかもしれないけど、僕のところにサンタがきたことは一度もないんだよ。僕はサンタからプレゼントなんて、もらったことないんだよ」
アレンが本当にサンタクロースなんて胡散くさいじいさんを信じているのか、どうも判別しかねる。本当にサンタクロースから聖夜にプレゼントを受け取っている子供が、世界中に一体どれだけいると思っているのだろう。
「……オレのとこにだってきたことねえさ」
「じゃあ、僕もラビも、いい子に思われなかったんだね。ごめんね」
「なんでお前か謝んの」
「だって、家が隣ってだけで僕なんかと一緒にいるから、ラビまで悪い子に思われちゃったんだよ。だからきみのところにもサンタクロースはこないし、僕は何度誰かを好きになっても報われないんだ」
「そんな馬鹿な……」
アレンの恋が何故うまくいかないのか、それは往々にしてアレンが恋人のいる奴ばかりを好きになるからだ。引きが悪いとでも言うのだろうか、だからアレンがふられたと嘆く八割は告白すらできていない。いつも目前で恋人の存在を知り、勝手に玉砕する。よしんば告白まで辿り着けたとしても、待ち受けているのは失恋の二文字だ。
オレはアレン以上に恋が叶わない人間を、見たことがない。
「ラビ……僕は、誰かを好きになっちゃ、いけないのかも」
「どうしたよ、今回はいつも以上に深手だな」
「本当にこれが恋だったのかどうか、わかんないんです」傷心の幼馴染みの目蓋に乗せていた手の上に、そっとアレンのものが重ねられる。「恋に恋してた、だけなのかも」
「少女漫画みたいなこと言ってんなよ」
「だって本当にそう思うんだもん!」
僅かに、手のひらが湿る感触がした。
「……もう泣くなって、」女の涙に弱いなどと嘯く輩がたまにいるらしいけれど、しいて言うならオレは、幼馴染みの涙に弱い。「誰かを好きになっちゃいけないなんて、そんなこと、ある訳ないだろ?」
アレンは洟を啜って、ぽつりと漏らす。
「……ラビを好きになれたら、よかったのにな……」
オレの幼馴染みはどうしようもなく駄目な奴で、どうしようもなく、可愛い。ときどき、どうしようもなく、泣きたくなるくらい。



誰も知らない / 25 Dec. 2011
ハッピーパースデー、そして、メリークリスマス
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