致命症/20120222



アレイスター・クロウリーの古城で歪なたましいをはじめて目にした。それはオレであろうが誰であろうが絶対に、二度と忘れられないであろう光景だった。口にすることさえ憚られる、ただひたすらおぞましさだけが胸をついた。たましいの根底をみた気がした。





(易々と消化できる問題なら誰もこうはならないし、言いたいことなら沢山あるが言ったところでどうなるものでもない、不毛さだけが残る)






そもそも汽車に揺られながら仮眠を取ろうとすること自体間違いだったのかもしれない。繰り返される悪夢と自重しない吐き気に何度も目を覚ます羽目になった。こんなときばかりは自分の記憶力も憎らしい。ちら、と隣に座るアレンを窺うと、彼もまたうとうとと浅い眠りに落ちているらしかった。気づかれないよう、大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出す。そんな単調な作業を意思をもって行わなければならなくなる程に、あれはオレの精神を蝕んだ。ああもう、と小さく舌打ちをして立ち上がる。こんな気分になるのは根本的な原因であるところのアレンが隣にいるからかもしれないと思った。我ながら最低だが、とにかく今はこの身体中に絡みつくような、ぞわりとする何を引き剥がしたかった。
「……らび?」
「あ、ああ、起こしちった?」目蓋を軽く擦りながら見上げてくるアレンに、オレはどういう顔をすればいいのかわからなかった。ので、当たり障りなく口端を上げることにする。「ちょっと暇だから、散策でもしてこようかと」
ふうん、とアレンは相槌を打ち、「別に、正直に言ってくれていいのに」と言って眉尻を下げて笑う。一瞬、心の内側を見透かされたのかと思った。けれどアレンに見えるものはアクマの魂であってオレの心中ではない。
「……なんのこと?」
「きみがうなされてたの、知ってますよ。僕が原因でしょう? いや、正確に言えば、僕の左眼か」
馬鹿か、と思った。なんのために人がその話題に触れないようにしていたと思っているのだろう。教団へ兵士として入団する前にオレが言われたことは、波風を立てないようにすること。要するに調和だ。いらないいざこざは正直に言って面倒くさい。オレたち記録者にとって大事なのは、この戦いに勝つことではないのだ。
「アレン、お前は気にしなくていいの。なに、ちょっと吃驚しただけさ。なんせあんなの、話に聞いててもはじめて見るもんだったし」
「僕が言いたいのはそういうことじゃありません」
「……んじゃ、何?」
「言いたいことがあるなら言えばいいのにって、……それだけです」
目的の相違が何をもたらすのか、それはそんなに重要なことではない。オレは命が惜しい。教団の掲げる使命のためにこの大事な生命をむざむざ捨てる訳にはいかない。表と裏の歴史を、ただ忠実に記録していくことだけを考える。オレはアレンのように、アクマを壊すことに理由は見い出せない。しいて言うならば、死ぬから、だ。
「きみが僕に対してわだかまりを抱えたまま、一緒に戦っていけるとは思えないから……だから、何か言いたいことがあるなら、って」
オレが一体どんな負の感情を隠しているのかちっともわかっていないくせに、そうやって両手を広げようとするのだから始末に負えない。お前がみている世界は到底清らかだとは言えないのに、その世界の中心に佇むお前が清らかであろうとしているのをオレは何よりも忌むものだと、できることならすべてぶちまけてやりたかった。
「ほんとに、なんもないんさ。お前が気にするようなことは」
なんてばかなこども。
「それなら、いいんですけど」明らかにほっとしましたというような表情をして、アレンもまた立ち上がる。「仲間に嫌われるのは、つらいですし」
「……嫌う訳、ねえだろ?」
何人の人間を騙してきたのか覚えてなどいないオレが言うことでもないが、もう少し人を疑うということを覚えた方がいいと、いつか機会があれば忠告してやった方がいいかもしれない。
「そっか。ん、じゃあ、クロウリーを探しに行きましょ? 全然戻ってこないから、心配で」
アレンはそう言ってオレの背中を軽く押す。その呪われた身体で触れられると、全身がぞくりと粟立った。







(気持ちわりいんだよ、くそっ!)
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