美化されたきみと役立たずなぼく 20130222



三百六十五日謝りどおしている。きっかけはほんの些細なことだ。オレが間違って洗濯機の中に白いのと色物を混ぜ込んで突っ込んでしまったり、洗濯もの取り込んどいてと言われていたのにすっかり忘れて雨に濡らしてしまったり、買いものを頼まれれば必ず何かを忘れたり、うっかりペアで揃えたマグカップを割ってしまったり、まだ使えるインクペンを捨ててしまったり、買ったばかりの靴下に穴を開けてしまったり、とにかく数えきれない程、オレは彼に謝ってばかりだった。ごめん、ごめん、次はきちんとするな、なんて言って、結局最後まできちんとできたことは一度もなかったのだけれど。
オレが彼と一緒に住むようになってから一年とちょっと経ち、彼が死んでから三ヶ月とちょっと経つ。彼は人より正義感に溢れているような人間だったから、いつかやるなと思っていたとおりの死に方をした。赤信号を飛び出した子供を庇って自分が撥ねられるなんて、ベタすぎて。漫画かよ! といつもどおりに突っ込んでしまったのは、彼の死に顔と対面してのことだった。
彼が死んでもオレが毎日一回謝るのは変わらなかった。本当に、ずっと謝ってきたオレだから、いまだにその癖が抜けないのだろう。ああやってしまった! そうやって頭を抱えてごめんと口にする。誰が聞いてくれている訳でもないのに、だ。謝罪の言葉から三拍程おいて、もしここに彼がいてくれたならきっと困ったように、それでも笑って許してくれたな、とか気持ち悪い想像をひとりでする。大体が何かの補正で彼という存在が美化されてしまって、彼がオレの想像内で許してくれなかったことは一度もない。ほら、気持ち悪いって思っただろ?
でもそれくらい、好きだったんだ。本当に好きだったんだよ。
だから最初は、あまりにも彼の姿を求めすぎたオレの脳味噌が、ついに重大なバグを起こしたと思ったのだ。そういう、みえる筈のないものがみえるようになったという疾患。脳でなければ眼球か、精神か、いずれかがやられたのだと思った。声にならない声を出して、オレはおそるおそる手を伸ばす。
「ごめん……ごめんなアレン、オレ、また……牛乳の賞味期限勘違いしてて……」
勿体ないけど全部捨てちゃったんさ、と言ったオレに、彼はどんな顔をしたと思う? あの事故の日、彼が出かける前に、横着して足でドアを開けたオレを窘めた顔と、まったくおんなじ顔をしたのだ。少し首を傾けて、寄せられた眉根はそのままに、僅かに上る口元。
きみは本当に、仕方のない人。
脳内補正もここまでくると神がかっているけれど、それでもこれはたった一度のチャンスに違いない。じんわりと熱くなる鼻腔と、込み上げる嗚咽を噛み殺し、オレは漸く彼にありがとうを言う機会をもらえたのだ。
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