1:私の独白





私が鋼のを殺したのはもう一週間前になる。同じく私が軍籍を返上したのも一週間前だ。こんなことを言ってしまえばおそらくは笑われるだけなのだろうが、私は俗にいう「ヒキコモリ」とやらに成り下がっていた。

何度か玄関のチャイムが鳴り私に来客を告げたが、私は聞こえないふり、もしくは留守にしているふりをしていた。誰にも会いたくはなかったのだ。何故か。私が鋼のを殺してしまったに外ならない。それについて責められることが嫌だった。
やはり私はどこへ行っても殺人という罪を犯してしまうらしい。


それは呆気ない程簡単に終わった。戦争でもテロでもなんでもない。ただ単に私が殺してしまったのだ。私の生み出す焔が、五年前と同様に人間の身体を焼き尽くした。炭にも灰にもなりはしなかった。ただ燃えて。私の目の前で消えていった。
焔に飲まれたあの子の表情はよくわからなかったが、もしかしたら泣いていたのかもしれない。怒っていたのかもしれない。私の願望を述べるなら、笑っていたらいいと思う。せめて私を恨まずに死んでくれたらいいと思う。これ以上は重過ぎて耐えきれない。私はあの子たちのように強くはない、ただの一介の人間であるからして。

多分にあの子の人生は最高に惨めであったと思う。そして世界中の誰よりも可哀相な存在であったのだ。だからこんなに胸が痛むのだろう。そうでなければ他に理由など思いつかない。どうしてあの子がいなくなっただけで、こんなに。寂寥感? よくわからないが、私は彼をとても気に入っていたのだ。だからこんな形ですべてが終わり、哀しいのかもしれない。


ピンポーン。


またチャイムが鳴り出した。最近、といっても六日前からだが、誰かが毎日私を訪ねては繰り返しチャイムを響かせていく。毎日毎日、煩いことこの上ない。訴えてやろうか。しかし訴えるにしても色々と手続きが面倒なのでやめよう。私が我慢してやればいいだけの話だ。なるべく無駄な労力は使いたくはない。


ピンポンピンポーン。


たまに、錬金術師でなければよかったと思う。錬金術師であったからこそ、こんなことになってしまっているのだ。普通の人間であったならどんなによかっただろう。
人間兵器などと呼ばれて、一体私は何を得た? くだらない夢をみてくだらない野心を抱いてくだらない理想を築いて、その結果この手に何が残った? 安っぽい矜恃の所為で、こんなところまできてしまった。もう戻れないところまで。


ピンポンピンポンピンポーン。


私が鋼のを殺してしまったことは曲げようもない事実だ。きらきら光る笑顔が眩しかったあの子を、この手で焼いてしまった。強い瞳が印象的だったあの子を。
この、手、で。


ピンポンピンポンピンポンピンポーン。


……今日はやけにしつこい。これは一度迷惑であると言ってやった方がいいのかもしれないと思い直し、仕方なく、私は重い腰を上げた。
すぐに後悔する羽目になってしまったが。



「やっと……出てくださいましたね」

面倒くさいな、そう思いつつ玄関のドアを開けると、まず始めに見慣れた青が目に入った。随分と懐かしく感じられる。毎日訪ねてきた人物は、私の副官であった彼女だったのか。背中を任せた、彼女。
「今まで、何をしておられたのですか」
何を、とは一体どういうことだろうか。というより、何故彼女はここまで。私はもう軍とは一切関係のない身になった筈であるのに、どうして彼女は関わりを持たせようとするのか。まるで意味がわからない。
「何をしていたのかと訊いているのですが。毎日きちんと三食摂っていましたか? 顔色がこの世のものとは思えない程酷いですよ。体調も万全ではなさそうですし」
失礼なことを言うな。
中尉は早口でそんなことを述べた後、失礼してよろしいですか、と私に確認を取った。断る理由はあるにはあったが、折角訪ねてきてくれたのだし、という私の最低限の理性がそれをさせなかった。そして、彼女は私がどんなことを言ったとしても、最後にはねじ伏せてしまうのだろうし。
「では失礼して」


彼女の両手は大きな紙袋で塞がっていた。中をさり気なく覗いたところ、どうやら食材が詰め込まれているらしかった。やさしい中尉のことだから、私の身体を案じてくれたのだろうと思う。正直その心遣いは大変嬉しいものであったが、どうしても「余計なことを」と考える自分がいて、すぐさま殴り倒したくなった。……無理だが。
「……信じられない。あちこちに酒瓶が転がっているし……一体どういう生活を送ってきたんですか」
中尉は信じられないと繰り返し呟いてから、キッチンの方へ向かった。少し待っていてくださいね、と奥から声をかけられる。

彼女がここへ訪れたとき、私は真っ先にあのことを追求されるのだと思っていた。どうしてエドワード君を殺してしまったのですか、そう問われるのが怖ろしかった。特に確固たる理由もないのであって、だからこそ私は彼女に問い詰められたときに、上手く答えることはできないだろうと思い―――否、殺したかったから殺しただけだ。私に殺されるようなことをしたあの子が悪い。それ自体に意味などないと知っていながらも、あの子がとても憎くて、あの子が私を、裏切ったから―――

「大佐」
気がつくと私の隣には彼女がいた。
「大丈夫ですか?」
思わず何がと訊き返してしまった。そんな質問、適当に大丈夫だ心配ないとでも返しておけばいいものを。言葉に詰まる私に、中尉はただ淡々と、あくまでも平然とした態度で言う。
「大佐は酷い勘違いをしているようですね―――エドワード君のこと、ですが」
聞きたくない。
瞬時に、そう口に出してしまっていた。
「いいえ、聞いてください。あなたは知らなければなりません。あなたのためにも、あの子のためにも」

そうやって、私は。

「エドワード君は死んでなどいません」


意味もなく笑ってみたりするのだ。





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