3:私の独白





鋼の錬金術師。最年少で国家錬金術師となったエドワードの銘である。その由来は彼の手足である機械鎧からきているものと思われるが、それはとても皮肉な銘だった。
しかしそれが一体どうしたものか。約一週間ぶりの再会であったのだが、彼の手は生身だった。どこにも鋼は見当たらない。ただ白い手が、袖から覗くだけである。おそらく足も同様に生身なのだろう。

そうすると、彼はもう「鋼」ではないのだった。





彼の名をこぼす私の声は、おかしい程に震えていた。どうして君がこんなところに、とよく回らない頭で彼に尋ねた。彼は暫く迷った末に「大佐に会いたかったから」と答えにもなっていない理由を答えたが、私も深くは追求しないことにした。彼の目が、とても不安そうに揺れていたためである。

「えっと……エドワード、君?」
わざわざ疑問符までつけて、中尉は混乱したように彼の名前を口にする。彼女は嬉しくないのだろうか。折角エドワードが帰ってきたというのに、何が不満なのだろう。
その長い金髪に揃いの瞳や、いくらか身長は伸びたけれども依然として小柄な体格。少しくらい見た目は変わったかもしれないが、彼がエドワードであることに変わりはないのだ。
「どうかした?」
「いえ、なんでもないわ。……久しぶりね、エドワード君」
そこで私はおや、と首を捻る。彼はこんなに声が高かっただろうか。けれどもすぐに思い直し、私の記憶違いという結論に至った。
「ていうか大佐、こんなとこになんの用? 体調でも悪い訳?」
―――大佐の肝臓に異常がないか、診察してもらおうと思って。酒浸りの毎日でね」
私が答えようとすると、中尉が先にいらないことまで説明してしまった。しかしそうならそうと言えばいいのに、彼女も何故そんなことを隠していたのかわからない。私には知らせたくないことだと思っていたのだが。
「ふぅん。あんた何やってんの? サボりすぎはよくないと思うぞ」
煩いね、と私は苦笑した。こうやって彼が私に憎まれ口を叩くのも久しぶりのできごとであるのだ。思わず懐かしさが込み上げる。彼が私にしたことも、私が彼にしたことも、忘れて。
「じゃあオレ、アルが待ってるからもういくわ」
そう言ってエドワードは、まるで逃げるように別れを告げた。わたしは彼に訊きたいことがあったので捕まえようと手を伸ばしたが、それも呆気なく中尉に遮られてしまった。

「今は、どうか」

まったく意味がわからなかったが、中尉が私の腕を力一杯引っ張るので、仕方なく私は病院の中へと引きずられていった。





診察の結果から、私は暫くの間、酒を控えた方がよさそうであった。
医者はもう少しで胃潰瘍になるところでしたよかったですねと私の肩を叩き、そばにいた中尉は連れてきてよかったという意味を込めたのであろう溜息を吐いた。しかし私の胃に穴が空こうが破れようが、それはもう大した問題にはならなかった。脳裏にちらついて離れないのである。あの、背中を向けて走り出す彼の姿が。

彼であるのに彼ではない、そんな奇妙な感覚があのとき僅かに感じられたが、これもすべては中尉の所為だということにしておく。
繰り返し言うように、私はこれまでエドワードが死んだものと思っていた。それどころか決めつけてさえいたのだが、先程の邂逅でそれが間違いであったことに気づいた。彼は今も生きているのである。
私にはこれ以上の喜ばしい知らせはないように思えたが、それを私に教えてくれた中尉は何故か憂鬱そうなのである。よくはわからないが何か思い詰めている、そんな感じを受けたのだ。けれどどうせ私にできることなどないのだろうから、余計な口出しはしないことにした。


久しぶりに出た外は生暖かい風がそよいでいたが、とても清々しかった。今まで引きこもっていたのが馬鹿みたいに思えたくらいだ。
今日、中尉に半ば無理矢理外へ連れ出されたのは結果的にはいいことであったと思う。そのおかげで、こうしてエドワードに再会することができたのだから。
私は明日、彼に会いにいこうと決めた。





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