4:私の独白





「ああ……そう、か」


昨日の今日でエドワードに会いにいこうと思った訳なのだが、重大なことに気がついた。私は彼の居場所を知らないのだ。
昨日はたまたま偶然が重なって出会えたというだけであって、もう一度あの病院に行けば会えるという訳でもきっとないのだろう。けれど会えないという訳でもきっとない、と思う。矛盾しているが、そういうものなのだ。出会うときは出会ってしまうし、出会わないならやはり出会わないのである。

ということで、いくらかの可能性を願い、私は病院へ向かうことにした。何度か通院はしなければならないのだが、一日おきは些かどうだろう。しかも、日にちは特に指定されてはいないかったけれども、あそこまで行くには車も借りなければならない。決めて早々面倒臭くなってきた。
ああ。今ここに彼がやってきてくれたら―――

ピンポーン、と間抜けなチャイム音がいいタイミングで鳴り響いた。

嘘だろう、と思いつつも自然と足は速くなる。期待を込めて勢いよくドアを開けると、そこに立っていたのは中尉であった。……それは期待しすぎというものなのだろうが。
「……がっくりきているところ申し訳ないのですが、」
目敏く私の心情を見抜いた中尉は、はあ、と一息吐いた。
「大佐にお客さまです」
客、とは一体。
「昨日の今日でなんなのですが、もう一度私とドライブにつき合ってもらいます」
よろしいですね、と有無を言わさぬ調子で尋ねられれば、はいと頷くしか道はあるまい。私は起きたばかりの寝間着姿であったため、支度をする間、中尉に上がって待っていてもらうことにした。

「まさかお酒は飲んでいないでしょうね」
中尉はきょろきょろと中を見回すが、生憎私はアルコール類に一切手をつけていない。やはり自分の身体は大事にしなければと思い直したのであって、それならば健康にも気をつかおう、と。それから、ついでとばかりに部屋も片づけたので綺麗なものであった。ゴミだって今日の朝に処分済みだ。
私は中尉にちょっと待っていてくれと言い残し、二階へ上がっていった。


「……あなたが軍服でないというのは、今も慣れないものです」
待っていた中尉が、着替えを済ませた私にぽつりと漏らしたのがそれであった。
「まさかやめてしまわれるとは、微塵も思っておりませんでした。あなたには大きな目標がおありでしたから」
目標、か。それも今となっては過ぎたことだが、とても懐かしい。しかしそんなことを思う資格でさえも私は捨ててしまったのだ。この国や人々よりも、たった一人を選んでしまったのだから。いや……選ぶ、というのは違うか。
中尉は尚も続ける。
「そんなあなただから、私たちはついていこうと決めたんですよ。だから、なんの悔いもない……と言えば、少なからず嘘になるのですけれど、あなたにはあなたの生き方がある。誰も責めることはできません」
まったく、君は嬉しいことを言ってくれる。これでは私が駄目になってしまう程。否、もう駄目になっているのだろうが。
「では、行きましょうか」
さて、今日はどこへ向かうのやら。




着いた先は私の家から車で五分程度の空き地であった。見事に周りには何もなく、平凡すぎて拍子抜けするくらいだ。本当に目的地はここであっているのだろうか。というのもいらない心配のようだった。すばやく中尉が「当たり前です」と肯定したからである。
「さ、降りてください」
降りてくださいとは言っても、私はここで何をすればいいのかさっぱりわからないのだが。
「言ったでしょう。大佐にお客さまだと」
車から降り、ぐるりと当たりを見回す。突然何か打ち鳴らす音が聞こえ、コンクリートの壁がぱっと光ったかと思うと、一瞬の内に丈夫そうな扉ができあがっていた。ぎぎぎぎ、と軋む音がし、扉がゆっくりと開いて人が現れた。エドワードである。
「ごめん中尉! 待った?」
「今きたところだから大丈夫よ、そんなに慌てなくても。というよりどうしてそんなところから……」
「取り敢えずまっすぐ行った方が早いかなって。曲道がすごく多かったんだけど、宿から一本道でこれそうだったからさ」
「エドワード君らしいけど……ちゃんと直しておいてね」
「わかってるよ」
彼はそう言って、両手で錬成陣なしの錬成を行い、元の壁に戻した。あの錬成方法はやはりエドワードである。疑う要素など何もない。振り向いたエドワードに、私はずっと尋ねたかったことを訊こうと思った。
『もしオレがまた、どうにもならない過ちを繰り返したら、そんときは、』―――彼がなんと言ったのか、この続きを。

しかし、彼は。



「ごめん、大佐……オレも思い出せない」





俯きながら視線を合わせようとしない彼に、私は不信感を抱き始めた。





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