5:幕間





少年は、朧ろげながらも夢をみた。
それは描いたと言ってもいい。


自身が犯した罪は枷となり、一生ついて回る。それでもいつの日か解き放たれる日がくる、そんな曖昧とした、夢。未来。過去のしがらみなど忘れて。
それは強く願う憧憬であったし、すぐに弾けて消える泡沫の夢でもあった。はっきりとした形を成している訳でもない、ただそういういつかを、彼は望んでいた(本当に望んでいたかどうかは少年自身にもわからなかったけれども)。


少年はただ一人のために、その身すべてを投げ出す覚悟さえしていた。例え腕でも足でも命でも、最終的に自分自身が代償として消えてしまったりしても構わない、と。そのただ一人がどんなに傷つくかということを、まったく考慮していなかったのである。
それが、ある男と出会い、少しずついい方向へと変わっていった。

少年の生きた時間は、その男と比べるととても短いものだった。たった十五、六年生きただけの子供であるのだ。それなのにこの世の裏側や、さらりと流したくなってしまう汚い部分をその目で見て、知っている。他人が見れば荒んだ人生だと思うのだろう。
しかし少年には両親がいなかった。母親は少年がまだ小さい頃に死に絶え、父親は今もどこかで放浪生活を送っている筈である。だから少年とただ一人の弟は、そういうことでしか社会を知ることはできなかったし、そういう面でしか社会を学ぶことはできなかった。



「嫌だよ、そんなの。だって兄さん! 僕は確かに戻れるかもしれない、だけど兄さんはどうなるのさ。一か八かなんて、そんなものに賭けるような真似はしたくない!」
「本当、心配性だな。このオレが大丈夫って言ってんだから大丈夫なんだよ」
「ねえ、やっぱりちゃんと大佐に言った方が……」
「死んでも言わない!」
「そりゃ、確かに大佐は反対するかもしれないけど……でも、何かいい意見をくれるかもしれないよ?」
「何でもかんでも大佐大佐って、あいつは関係ねぇだろ」
「関係ないことないじゃないか! 大佐はいつも僕たちを助けてくれたよ? どうして兄さんが反対するのかわからない! ……まあ、今はちょっと、あれだけど……」
「……それもあるけど、……どうしてあいつを巻き込もうとするのか、オレだってわかんねぇよ」
「そんな、巻き込むなんて……」
「同じだよ、アル。オレたちはそうやって、無関係な人を知らず知らずの内に巻き込んでは傷つけてきた。覚えがない訳じゃないだろ? でもさ、誰もオレたちのこと責めたり恨んだりしないんだ。不思議だよな。……それにさ……お前はやっぱり、あいつのこと知らなさすぎだよ。見てたんだろ? オレは、もう二度とあいつに会えないことになっちまったし。とにかく最低野郎なんだってば」
「……正直に話せば、許してくれるかもしれない」
「んな訳あるか。オレを殺した男だぞ」
「でも僕、不安なんだよ。兄さんが消えちゃったらって思うと、すごく。……先延ばしにはできないの?」
「今やらなきゃ、きっとずっとやらない」
「そうかもしれないけど、でも、」
「言ったよな、アル。『覚悟はできてるから』って」



道を示してくれた男と出会い、対話し、接触していくことによって、少年のものの見方、果ては彼を構成していた世界までもが変わっていったのに。
その示された道がどんなに過酷であろうと決して引き戻りはしないという少年の決意は、彼自身を追い込むものでもあった。持ち前の気丈さも合わせ、他人に弱い部分を見せたくはない、つまりは弱音すらも吐けなくなってしまった。

心に生まれた小さな欲望が少年を飲み込んだことも、一度とはいえ最愛の弟を失くしてしまったことも、少年が強く生きるために成長していく過程であったのだ。そう思うと、彼らの罪や咎と呼ばれるものは、一種の勲章でさえある。

再び犯した罪に向き合うということを、少年はできなかったが。



「ねえ兄さん」
「ん?」
「これが終わったら、何しようか」
「そうだな……取り敢えず、無事成功したよって母さんに会いにいこう」
「頑張ったねって、言ってくれるかな」
「多分な」
「そしたらウィンリィやばっちゃんにも会って……アップルパイをごちそうしてもらおうかな。ウィンリィお手製のやつ。僕、食べられなかったんだよね」
「ああ、そりゃいいや。オレ……は、司令部行ってくるかな。もう資格持ち続ける理由もないし、なるべく軍には関わらない方がいいと思うし……これからやることとか、ばれたらやべぇだろ?」
「そりゃそうだよね。でも、兄さんの好きにするといいよ。それで、リゼンブールに家を建ててさ、二人でそこに住もうよ。白い家がいいな。あったかい感じの」
「んでもって、でっけぇ犬一匹くらいほしいな! 精々のんびり暮らそう。今までできなかったこと、全部やってやろうぜ」
「うん。次に目が覚めたときは、二人一緒だよ。約束」
「……ほんじゃ、いくぞ」
「うん」






―――なんだ、またきたのか」









少年と弟は錬成陣の光に飲み込まれた。弟にはああ言ったが、弟の身体の代価として差し出すものは最初から決まっていた。少年の魂である。

意識が回復した弟が見たものは、自身の鎧ではない生身の肉体と、眠る兄の姿だった。





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