6:罪滅ぼし





決意するのはそれ程難しくなかった。だけれど、これからのことを考えると少しも揺らがないという訳でもなかった。
そんな僕に決断する力をくれたのは時間。兄さんの今現在の姿。

何かしらの理由をつけて、中尉は兄さんが収容されている病院へ大佐を連れてくるらしい。話によれば、大佐は兄さんを殺したものと思っているらしく、そんな思い違いは綺麗に捨てて、本当のことを知ってもらいたいのだと言っていた。
知りたくもない事実を知ってしまったときに、僕ら人間は逃げたくなるものなのだと彼女は知っているのだろうか。人間というのは広く括りすぎなのかもしれないけれど、少なくとも僕や兄さんはそうだった。大佐だってそうなのではないかと思う。

時計を見れば短針は一時を指していた。もう少しでやってくる筈だ。
僕は兄さんの少ない荷物の中から赤いコートと黒のジャケットとズボン、その他諸々を取り出した。

―――僕が兄さんの代わりになろう。「アルフォンス」であるということを捨てよう。あの人に真実を告げてしまうよりも、僕ひとりが犠牲になる方がずっといい。
理解してもらわなくてもいい。ただ、僕たちがやったことをなかったことにしてほしくなかった。裏切ったのはどんな理由であれ、本当のことなのだから。

(そうやって生きていくのもきっと悪くないよ、僕)

残念ながら、三つ編みにはできなかったけれど。




二人が院内に足を踏み入れては困るので、僕はエントランス付近で待つことにした。
暫くすると、よく見慣れた青い軍服の女性と、もう一人。遠目からでもよくわかる。あれは中尉と大佐だ。大佐は軍服ではなく、白いシャツを怠そうに羽織り、黒いスラックス姿だった。

これも中尉から聞いた話なのだけれど、大佐は軍籍も、国家資格も返上してしまったらしい。すべては自身の罪ゆえに、ということだろうか。ああ、かわいそうなひと。あなたが悪いことは何ひとつなかったのに。
「だから、これは僕なりの謝罪」
驚かせてしまうだろうか。もしかしたら怒られるのだろうか。僕が兄さんに成り代わるなど、とてもじゃないけれど不可能に近かった。ずっと一緒にいた僕は、ずっと一緒にいたからこそわからないところだってある。外面的にも無理があるのはよくわかっているし、兄さんと僕では性格も全然違う。僕はできるのだろうか。すぐ大佐にばれてしまうに違いないと思いつつも、それでも僕はやめることができなかった。
今日から僕は「アルフォンス」ではなく「エドワード」として生きていくと決めたのだ。兄さんが目を覚ますまで。そう決めたのだ。

僕はエントランスから出た。中尉と目が合うと、彼女は歩みを止めた。その後ろで、大佐が訝しげな視線を中尉に向けたかと思うと、僕を見つけた瞬間に彼は叫んだ。

「鋼の!!」

兄の名を呼んでくれたことに安堵しつつ、それは僕じゃないのに、そう思う自分がいた。結局僕は甘い部分を捨てきれずにいるのだ。こんなことではすぐに気づかれてしまう。
中尉は僕の姿を目に留めて、何事か呟いたようだった。多分「どうして」とか「何を」とかだろうと思う。生憎僕には聞こえなかったけれど。せめて僕は何も知らなかったふりを装おうと、駆け寄ってくる大佐に驚いた眼差しを向けた。兄さんはどんな風に対話していたのだったか。僕は少し迷った末に、少し声を低くしてこう言った。

「よ、大佐。元気だった?」


初めてにしてはよく真似られたとも、上手く騙せたとも思ったのだけれど、如何せん中尉の表情は芳しくなかった。案の定、次の日に中尉に呼び出され、今後の話をした。

ねえ、僕上手くやれてるかな。
兄さん……。





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