7:罪滅ぼし





「違うんです。これはただ、あの人に傷ついてほしくなかっただけなんです」
ぽつり、と少年は漏らした。以前の大きな鎧姿も、当たり前だが面影もない。彼が普通に育っていたなら、きっとその姿に奇妙な感情は抱かなかっただろうに。
リザは複雑な顔をした。だってこれがあるべき姿なのだ。歳の割に小柄ではあったけれども。
「でもね、アルフォンス君。いつかは大佐だって気づくことよ。……いえ、本当のことを知る、かしら。どちらにしても、そのとき一番辛いのはあなたなんじゃない?」
「いいよ。それでも」
「よくないわ。それじゃあなたのためにもならないし、あの人のためにもならない」
アルフォンスは自身の身体を取り戻した際に、すっかり伸びてしまっていた髪を揺らした。首を横に振ったのだ。
「……どうして?」
リザは尋ねる。何故否定するのかわからなかった。
「大佐のためにならないというなら、……僕がそうしたいから、じゃ駄目かな」
眉間に皺を寄せ、険しい表情を作ったのは両方共だったが、やがてリザは哀しそうに目蓋を下ろした。言い出したらきかないことはリザもよく知っていた。兄と同じで頑固なところはそっくりなのである。
「僕のためにならないってこともよくわかる。でも……我侭を、許してください。幸か不幸か、大佐は兄さんと僕の区別がついていないようだった。なんでかはわからないけど……僕が兄さんのふりをしたって、誰も傷つくことはないでしょ?」
「……傷つくわよ、十分。あなたがエドワード君ではないと気づいて、エドワード君がしたことや、今の状態を知ればきっと大佐は傷つく。勿論あなただってアルフォンスという一個人として見てもらえないのよ? そのときになって『僕はアルフォンスなのに』って思っても、遅いのよ」
「……中尉。僕は大佐が好きだよ。そりゃ、兄さんはあんなことになっちゃったけど、それは僕らがそうされるようなことをしたからだし。自業自得ってやつだね。だから大佐はなんにも悪くないんだ。なのにどうして教えてしまおうとするの? どうせ、いずれは傷つくことになるっていうんなら、僕は意地でも隠し続ける。それが一番いいと思うから」
強い決意を表明しながらも、アルフォンスの瞳は穏やかだった。
「私は大佐に知ってもらいたい。そうやって隠し続けながら生きていったって、どうにもならないもの。ねえ、どうしてわかってくれないの。このままじゃ、誰もしあわせになんかなれないのよ!」
リザは声を荒げる。自分の気持ちが中々伝わらない、それがすごくもどかしかった。
「何も意地悪で言ってるんじゃない、あなたたちのことを思って言ってるの! 私は、大佐が軍人をやめたこと、嫌だったわ。今までなんのためにあなたの下についていたのかって、問い質したいくらいだった。大佐が上を目指すと言うから、私は精一杯補佐してきたつもりなのに……でもね、こうも思ったのよ。これで平穏に生きてくれるんじゃないかって」
「中尉……」
「少しくらいそういうの望んだっていいんじゃないの? 大切な人に危ない目に遭ってほしくないっていうのは傲慢なの? あなたたちは罪、罪っていうけど、それが何よ。私には、ただ逃げているようにしか見えないのよ!」
「に…っ。別に逃げてなんかいないよ! 僕らは、」
「それを盾にして、言い訳にして、現実から目を逸らしてるだけじゃない!」
アルフォンスは言いたいことが山程あったけれど、リザを見て一瞬固まってしまった。あの気丈な女性が、涙を流していたのだ。

「なんで、中尉が泣くんだよ……」
「……ちゃんと、歩いててほしいのよ……前だけを見ていてほしいって、大佐も言ってたわ。私だってあなたたちに、暗い影なんか背負ってほしくない」
リザは涙を拭う。泣いたのは随分久しぶりのことだった。それを見て、アルフォンスが申し訳なさそうに俯く。二人して視線を逸らしてしまっていた。

「………話が逸れてしまったけど。お願い。ちゃんと大佐に話して、わかってもらって」
「ごめん、中尉。それはできない。中尉がどれだけ僕らのこと想ってくれてるのか、すごくよくわかったよ。だけどそれでも、僕は曲げたりしない。わかってもらおうなんて、きっと兄さんも思ってなかったと思うしね」
「……本当に、馬鹿な子。わかってもらえないのは、こんなにも辛いのに」
意地悪でも、勿論嫌味でもなんでもなく、それはリザの本心だった。心からそう思っていた。引き金を引くだけでなく、この手でこの子たちを守れたら。けれど彼らはすべて自分たちで決めてしまう。もっと頼ってほしいのに、そうはしてくれないのだ。
そんな「強さ」なら持ってほしくなかった。


「うん。そうだね。こんなに馬鹿じゃなかったら、中尉も泣かせたりしないし、それ以前に母さんをつくったりしないもんね」

たまにエドワードを馬鹿と罵ることがあったけれど、それは兄弟揃ってのことだったんだなあ、となんとなくアルフォンスは思った。




   ***




それから中尉にあの日のできごとを、僕が知る限りだけれどすべて話した。そして、僕の計画を手伝ってくれるよう願いした。計画というのは僕が「エドワード」であると大佐に植えつけることで、そのためにもう大佐に会っている。派手なパフォーマンスがいい具合に決まっていたと思う。
けれどやっぱり僕の知り得ないことを訊かれてしまうと、どうしようもなかった。わかってはいたことだし、しょうがない。





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