12:空白劇





出勤と言っておきながら、私が向かったのは病院であった。何度か通院しなければならなかったのを思い出したのである。ちなみに今日は歩きたい気分だったので、中尉に運転を頼むのはやめにした。徒歩で向かっている最中である。

「しかし、いつの間にこんなに寒くなったんだ?」
この前は温い風であったのに、もう秋の天候だ。
「……こういう乾燥した日はよく燃えるだろうな……」
「そういう物騒なことは口にしない方がいいわね」
そりゃそうだなと思いつつ地面に落としていた視線を上げると、長い黒髪をぞんざいに背に垂らした女性と目が合った。
「放火魔と間違われたくないならね、焔の大佐……と、もう違うわね」
その女性は艶やかに唇を緩める。
「あなたは?」
「先日……といっても結構前のことだけど、うちのがお世話になったみたいで」
「は? うちの、というと……」
「あら、もう忘れてるの? これ見れば思い出してくれるかしら」
女性の言葉の途中で気づいた。彼女の胸元に、自身の尾を噛んだ大蛇が描かれていることに。
「それは……」
「……もうわかってくれたわよね? 私は、人造人間と呼ばれているわ」
「な……っ!」
思いの外あっさりと、彼女は自分がつくられた人間であるということを告白した。反射的に胸ポケットから発火布を取り出す。
「ああ、そんなに身構えないで? あなたをどうこうする気はないのよ。ただね、挨拶をと思って」
「挨拶?」
怪訝に眉を潜める私に、彼女はふふ、と微笑んだ。
「……エンヴィーが盗み出した賢者の石は、もうどうでもいい。あれは死にたがっていた節があったからね、近い内にこうなるということは予測できていたの」
「死に……では何故、……その、エンヴィーが石を持ち出すのを阻止しなかった? 予測できていたというのなら、石を管理することくらい……」
「しなかったのよ。わかっていても、それに対して何かしようとも思わなかった……」
人造人間が死にたがっていた、という時点でもう私の頭は混乱状態に陥っていた。永遠の時を生きる人造人間が死にたがる?
「おい、死にたがっていたということは、そいつはもう死んだということか?」
「なあに、今頃。あなたふざけて言っているの?」
「私は至って本気だ。いいから答えろ」
冷たい秋風が、一際強く吹く。
彼女は口を開いた。
「エンヴィーを殺したのはあなたでしょう? あなたの焔が、あれを焼いたのよ。塵すら残さずね」
―――は?
「何を馬鹿な! 私が焼いてしまったのは鋼のだ!」
私は耳を疑った。
「あなたが焼き殺したのが鋼の坊やだというのなら、どうしてあの子は生きているの? 現に坊やと会っているんでしょう? 戦場で数多くの人間を焼き葬ってきたあなたが、どうしてあんな子供一人を殺せなかったの。簡単なことよ、あなたが殺したのは坊やじゃなくエンヴィーだからっていう、ね」
ああもう、何がどうなっているんだ。
「……お前は、すべてを知っているのか」
「すべて? あなたが望む程度なら、知っているということになるのかしら」
「教えろ。一切の装飾もせず、ありのままを私に教えろ」
「教えてあげてもいいけど……その命令口調、気に入らないわ。レディに向かってお前はないでしょう」
―――これは、私のプライドがどうとかいってはいられないな。

「後生だ。どうか―――教えてほしい」

嫌な感じに女は笑んだ。




   ***




まさか、まさか―――なんだって、そんな。

私は女にことのあらましを一から説明してもらうと、そんな気持ちでいっぱいになった。迷わず駆け出す私の背中に女が声をかけるが、もう聞いてなどいられなかった。私が知らないだけで、こんなことになってしまっていたなんて。

『さっきも言ったけど、エンヴィーは鋼の坊やに等価交換として、賢者の石を差し出したの。自分を殺してもらおうってね。あなたがそれを目撃してしまったのは単なる偶然よ。そこまではきっとエンヴィーも予想してなかったと思うわ』
『あなたが現れて、予定は丸崩れ。だけど昔から、そういうことにはよく頭の回る子でね。あなたと鋼の坊やを利用することを思いついた。あなたも嵌められたのよ。坊やとエンヴィーが入れ替わったの、気づかなかったでしょう?』

利用、か。しかしそれも、エドワードが錬成した炎が、私が焔を放つ直前で消えなければ、入れ替わることなどできなかっただろう。エドワードは死に、エンヴィーは殺されるチャンスを逃していたということだ。……これらは本当に、単なる偶然なのだろうか。

『賢者の石を手に入れた鋼の坊やと鎧くんは、石を使って門を開けた。知らなかったでしょう? あなたがうだうだしてる間に、彼らは目的を果たそうとしていた……ふふ、どうなったと思う?』

私は走った。とにかく一刻も早く彼に会いたかった。

『鎧くんは元の身体に戻れたらしいけど、坊やの方は……中央の病院に搬送されたらしいわ。―――魂、渡しちゃったんですって。折角賢者の石を手に入れたのに、何考えてるしらね』

会って、ことの真偽を確かめたかった。彼が本当に、女の言うように魂のない状態でいるとしたら、あの日会ったエドワードはなんだというのか。考えられるのはひとつしかない。アルフォンスだったのだ、あれは。エドワードに成り済ました、アルフォンスであったのだ。 私が抱いた疑問はこうして解消されたが、しかし決して晴れやかな気分になれることもなかった。
―――魂、渡しちゃったんですって。
女の、その言葉が蘇る。


「何故、石を使わなかったんだ……っ」

私は走った。





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