私が知っているアルフォンスは、鎧姿であった。けれどドアの向こう側にいた少年は、鎧姿ではなかった。 「……アルフォンスか?」 自信があった訳ではない。ただ彼はエドワードによく似ていた。よく似ていたけれど、それがエドワードでないことは明白であった。 「そうです」 短い返答。少年は―――アルフォンスは、何かを諦めたように目を伏せた。 「……中尉は、多分教えていないだろうし……気づいてしまったんですね、大佐」 「中尉には何も聞いていない。私はここへくる途中、たまたま人造人間と名乗る女に教えてもらっただけだ」 「そうですか」 アルフォンスは私の言う「女」にはちらりとも興味を持たず、納得したのかしていないのかもわからない神妙な表情で、頷いた。 「……それから、こうも聞いたよ。私が焼き殺してしまったエンヴィーが、死にたがっていた、とね。実に興味深い話だ」 「どうして死にたがっていたのか、理由は訊きましたか?」 「人間になりたかったのではないか、と女は言っていた。危うく納得しかけたよ」 「死んだからって人間になれる訳でもないのに」 軽く口端を上げ、アルフォンスは皮肉めいた笑みを浮かべた。そして、ぼそりと私にぎりぎり聞こえるくらいの大きさで、呟く。 「あーあ。……僕の決意は、なんだったんだろ」 「決意?」 「大佐には意地でも隠しとおすっていう、決意。だけどもういいや。なんか、どーでもよくなっちゃった。はは」 ねえ、見てくださいよ。アルフォンスはそう言い、すっと横に退く。手のひらで示された先にいたのは、死んだように眠るエドワードであった。 女の言っていたように、魂が抜けてしまっているのだろう。彼の白い腕から何本も管が伸びていたり、呼吸器を取りつけられていたりと、随分と不憫な状態であった。 「あんまり、驚かないんですね」 「……予想はしていたというか、……まあ、驚きはしないな」 「本当は、兄さんが大佐を裏切ったから、どうなろうが構わないって思ってるんじゃないですか?」 「……結果的には裏切っていないんだろう。錬成に、賢者の石を使わなかったそうじゃないか」 「そこまで聞いたんですか。なら話は早いです。兄さんは賢者の石を使いませんでした。僕はそんなこと全然知らなくて、目が覚めたら自分は普通の人間だったけど、兄さんはこんな有様ですよ」 アルフォンスはエドワードを見やる。 「何故だ? 何故彼は石を使わずに、魂を差し出したんだ」 「そんなこと知ったこっちゃないですよ。むしろ僕が訊きたいくらいだ。だけど兄さんは、元々石を使うのに抵抗があったようだし、別に使わなかったのも兄さんらしいといえば兄さんらしいです」 そうだな。私は心中で呟く。アルフォンスを鎧に定着させるために彼が取った手段は、自身の右手を代償とすることであった。弟のためならば、彼はきっと躊躇いもせずに身体を投げ出すことだろう。現に彼は弟の身体と自身の魂とを等価交換してしまった。 「ねえ大佐―――どうして気づいてしまったんですか」 「……………」 「どうしてここへきてしまったんですか」 「……………」 「どうして……僕たちを怒らないんですか」 「……、どうしてだろうな……私にもわからないよ。ただ、私は君たちを怒るつもりはない。少しもね」 「中尉は僕を叱ってくれました。泣いてもくれました。……大佐にそれを望んでる訳じゃないけど、でも中尉は決して同情とかで泣いてくれたんじゃない」 中尉がアルフォンスのために―――涙を流した? あの、中尉が。彼女は余程この子らを親身に思っているのだな、とふと思う。 「……そうか、それはよかったな」 「大佐」 アルフォンスは、存外冷めた目で、私を見る。 「大佐は悪くないってわかってます。でも、僕は誰かを恨まなきゃやってられない」 そんなことはない。 私が悪くないことはないんだよ、アルフォンス。 「だから僕は、大佐を恨みます」 それで君の気が済むのなら、悪くない。 back |