15:低空飛行





私が知っているアルフォンスは、鎧姿であった。けれどドアの向こう側にいた少年は、鎧姿ではなかった。

「……アルフォンスか?」
自信があった訳ではない。ただ彼はエドワードによく似ていた。よく似ていたけれど、それがエドワードでないことは明白であった。
「そうです」
短い返答。少年は―――アルフォンスは、何かを諦めたように目を伏せた。
「……中尉は、多分教えていないだろうし……気づいてしまったんですね、大佐」
「中尉には何も聞いていない。私はここへくる途中、たまたま人造人間と名乗る女に教えてもらっただけだ」
「そうですか」
アルフォンスは私の言う「女」にはちらりとも興味を持たず、納得したのかしていないのかもわからない神妙な表情で、頷いた。
「……それから、こうも聞いたよ。私が焼き殺してしまったエンヴィーが、死にたがっていた、とね。実に興味深い話だ」
「どうして死にたがっていたのか、理由は訊きましたか?」
「人間になりたかったのではないか、と女は言っていた。危うく納得しかけたよ」
「死んだからって人間になれる訳でもないのに」
軽く口端を上げ、アルフォンスは皮肉めいた笑みを浮かべた。そして、ぼそりと私にぎりぎり聞こえるくらいの大きさで、呟く。
「あーあ。……僕の決意は、なんだったんだろ」
「決意?」
「大佐には意地でも隠しとおすっていう、決意。だけどもういいや。なんか、どーでもよくなっちゃった。はは」
ねえ、見てくださいよ。アルフォンスはそう言い、すっと横に退く。手のひらで示された先にいたのは、死んだように眠るエドワードであった。
女の言っていたように、魂が抜けてしまっているのだろう。彼の白い腕から何本も管が伸びていたり、呼吸器を取りつけられていたりと、随分と不憫な状態であった。
「あんまり、驚かないんですね」
「……予想はしていたというか、……まあ、驚きはしないな」
「本当は、兄さんが大佐を裏切ったから、どうなろうが構わないって思ってるんじゃないですか?」
「……結果的には裏切っていないんだろう。錬成に、賢者の石を使わなかったそうじゃないか」
「そこまで聞いたんですか。なら話は早いです。兄さんは賢者の石を使いませんでした。僕はそんなこと全然知らなくて、目が覚めたら自分は普通の人間だったけど、兄さんはこんな有様ですよ」
アルフォンスはエドワードを見やる。
「何故だ? 何故彼は石を使わずに、魂を差し出したんだ」
「そんなこと知ったこっちゃないですよ。むしろ僕が訊きたいくらいだ。だけど兄さんは、元々石を使うのに抵抗があったようだし、別に使わなかったのも兄さんらしいといえば兄さんらしいです」
そうだな。私は心中で呟く。アルフォンスを鎧に定着させるために彼が取った手段は、自身の右手を代償とすることであった。弟のためならば、彼はきっと躊躇いもせずに身体を投げ出すことだろう。現に彼は弟の身体と自身の魂とを等価交換してしまった。

「ねえ大佐―――どうして気づいてしまったんですか」
「……………」
「どうしてここへきてしまったんですか」
「……………」
「どうして……僕たちを怒らないんですか」
「……、どうしてだろうな……私にもわからないよ。ただ、私は君たちを怒るつもりはない。少しもね」
「中尉は僕を叱ってくれました。泣いてもくれました。……大佐にそれを望んでる訳じゃないけど、でも中尉は決して同情とかで泣いてくれたんじゃない」
中尉がアルフォンスのために―――涙を流した? あの、中尉が。彼女は余程この子らを親身に思っているのだな、とふと思う。

「……そうか、それはよかったな」
「大佐」
アルフォンスは、存外冷めた目で、私を見る。
「大佐は悪くないってわかってます。でも、僕は誰かを恨まなきゃやってられない」

そんなことはない。
私が悪くないことはないんだよ、アルフォンス。


「だから僕は、大佐を恨みます」



それで君の気が済むのなら、悪くない。





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