16:意識の淵で





もうここがどこかなんて気にしない。辺り一面が真っ白、というかまったく何もないところでも気にしない。いいじゃん、綺麗で。そう思えよオレ。
とにもかくにも、今そんなことはどうだってよくて。

どこまでが現実にあったことなのかはよくわからなかったけれど、取り敢えず覚えている限りで振り返ってみた。本当思い出したくないことばかりで正直泣きそうだ。特に大佐の目の前で泣いてしまったこととか、それからそんときのオレの思考とか、とか。

まず謝りたいのはアルフォンス。お前一人残してごめん。きっとアルが目を覚ましたとき、相当のショックを受けるんだろうなあとは思っていたけれど、それでも石は使いたくなかったんだ。なんでかは、お前もよくわかってると思う。
ああそうだ、一応大佐にも謝っておかないとなあ。きっとあんたも微妙に人生変わっただろうし。いつまでオレを殺してしまったという錯覚に囚われているのだろう。なるべく早めに知ってほしいけれど、すべて知ったら知ったで呆れ果てたりしてな。その姿が目に浮かぶようだよ。
エンヴィーは、もう仕方ない。これは本当に仕方ないと思っている。大佐が殺さなくても、きっとオレが殺していたと思うから。だってお前は存在していたらいけないものだから。この世界にいちゃ駄目なんだ。お前らを受け入れてくれるものは何ひとつないし、居場所だってどこにもないんだから。納得いかないかもしれないけれど、そんなものなんだよ。恨むならお前らを造った「お父様」とやらを恨んでくれ。

ああそういえば、思い出したくないもの、まだあった。


いつのことだったか、オレは何故だか大佐に向かって誓いを立てた。大佐とオレの二人しかいない中央司令部の執務室で。窓から陽光が差し込む中で。オレらしくもないと思ったけれど、口にしてしまったのだ。

「オレね、後悔するのはやめにしたよ。もういい加減、次に進むから、さ」
大佐はどう思っただろう。定期報告の際に何気なく呟いた言葉を、大佐は終始無言で表情すら作らずに聞いていた。
だけれどオレはもう「何気なく」ではなかった。その先を言うには少しばかりの勇気が必要だった。

「もしオレがまた、どうにもならない過ちを繰り返したら、そんときは、」

言葉に詰まり、生まれる静寂。

「そんときは―――
そこへ、無情にも沈黙を打ち破るようにして扉が開かれた。中尉だ。
「大佐! クーデターが起きました!!」
「なんだと!?」
大佐はそれまで座っていた椅子を突き飛ばすように立ち上がり、かけていた黒いコートを羽織る。
「ごめんなさいね、エドワード君。大佐、借りていくわ」
「すまないな、鋼の。その続きはまた後で」
しょうがないよな、クーデターじゃ。
「ああ、いいよ別に」
「じゃ」
大佐はそう一言告げると、ばたばたと慌ただしく執務室を後にした。中尉はすまなさそうに、もう一度「本当にごめんなさい」と言い残して出ていった。


結局、オレはこのとき大佐に言うことができなかったのだ。だけれど邪魔が入っても入らなくても、きっとオレはその先を口にすることはできなかっただろう。
少しの勇気を持てば伝えられた筈の言葉。
まさかそれが最後だとは思わなかったから、オレはそのとき、次の機会にと思っていた。けれどもうオレには、その言葉を告げる機会も勇気もなく。そして、それを言うことも許される筈がなく。


意識の淵で、そんなことを思った。







――――――『また正しい道を示してくれる?』








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