( 存 在 し な い と は い え 楽 園 を 望 ん だ 罰 か 、 ) 


「オレがほしいのは、――そうだな……実弾、かな」
高校を卒業する彼に柄にもなくプレゼントでもしようとして、何がほしいかをストレートに訊いた答がそれだった。
十の頃からいつでも一緒にいて何をするにもふたりだった俺たちは、勿論これから先だって当然一緒にいられるとなんの確証もなしに勝手に信じ込んでいた。よくよく考えてみればそんなことあり得る訳がないが、実に不思議なことにそれは自信すら伴っていた。――もしかすると、そんなものが無意識のうちの判断材料になっていたのかもわからない。
「じつ、だん……?」だから彼の一言がとても衝撃的で、俺は情けなくもそれを繰り返すしかなかった。「そう、オレが今、お前以上にほしいもの」
(おまえいじょうに、……)
十歳のが一番古い俺の知る彼だ。それ以来家が隣同士よろしくやってきたつもりだった。俺としては一生に一度の友人とまで思っているし、それはきっとこの先もずっと変わらない。しかし俺にとってはじめて距離も隔てもなくした関係を持った人間は――昔と違って随分屈折したような思いを抱えるようになっていたらしい。端的に言えば俺はそのことでとてつもないショックとダメージを受けた。
そりゃあ人が何を一番重要視するのかなんてまさに十人十色のごとくだが、期待としていたのは「俺と同じ心意を彼も持っている」こと。何を言わなくとも伝わるのを前提にきていたのが俺だというのに――壊されたのか築かれたのか。
「お前という甘い砂糖菓子に塗れているのはもうごめんだ。オレだって現実を見るよ、十八にもなれば、嫌でも」
「なんだよ、エド、俺を裏切るのか?」
言えば彼は眉を寄せて不思議そうにオレを見上げる。身長ははじめて出会った頃と違って随分離れた。彼はそんなことを常日頃から酷く気にしていたし、身長に対して何か言おうものなら遠慮なく拳が飛んできたが、そういうところも愛おしく思っていた。
「裏切る裏切らないの話じゃない、そういうんじゃない、人間として至当な感情だろ、これは。言うなら、親離れみたいなもんだ」
「俺はお前の親じゃない」
「だから、たとえばの話。オレはお前のことを親と思ったことなんてねーもん。兄っぽいなとは、……保護者みたいだとかは、周りから言われたこともあるし、オレもちょっとは思ったりしたけど」
「俺は親でもなければ、お前の兄でもない、」
「わかってるよ! お前はオレの親友だ! でもそうやってひと括りにできるものでもないだろ、」苛々とした調子で吐き出される言葉のひとつひとつが、まともに胸に刺さる。「親友だけど本当の兄貴みたいに頼れる奴で、オレをでろでろに甘やかして、なんでも許して、自分の手の中で大事にして、そうしてオレを駄目にするのがお前だよ」
「エドは駄目になんかなってない」
「なりかけてんだよ!」彼の声が――雪の融けかけたアスファルトの上で響く。俺と彼が仲よくなった道だった。同じ道で、俺たちは途方もない諍いをしている。何かの冗談ではないのかと疑わなければやっていけない。彼は喉から声を絞り出すように言った。「なりかけてんだよ……お前の所為で、」
俺は彼の困ったような泣きそうな――しかし憤然としているような顔をするのを、一度だって見たことなどなかった。しかしそうさせているのはこの俺だという。
「お前このままでいいって本気で思ってんの? ちゃんとわかってんの? こんな広い世界にオレたちしかいる訳じゃないんだぞ」
「六十八億人、一日に三十七万人が生まれて十七万人が死んでいく。それがなんだ?」
「数字なんかどうだっていいよ! 今大事なのはそこじゃないだろ、」
「何が言いたいのか、全然わからない」壊されたのではなく築かれたのかもしれない――その存在に、名前をつけたくない。「もうお前がわからない……口に出してくれなきゃ伝わらない、俺にはもう、お前が何に怒っているのか、」
「わからないんじゃないだろ、わかろうとしてないだけだ、お前は。いつまでもお前だけが現実を見ようとしない。綺麗な理想の中で生きて、これからもその小さい世界で生きようとしてる。……トラウマ、とか、確かにあんのかもしれないけど、それが、オレはつらい。――お前がわかろうとしないんじゃ、言ってもどうしようもないことだよ」
トラウマ、と彼は躊躇うように口にした。それは俺にはもう大分、薄れかけている記憶だった。
「俺はいつだって、お前のことだけは理解しようとしてきたよ。今もそうしようと思ってる、これでも、お前は不満足かもしれないけど。だから、言えばいい」
頭の中は既にごちゃごちゃとしている。掻き回されて引っ繰り返されて取り返しはもはやつかない。それでも俺と彼のためならば――明日に繋がるのなら、それもありだと漸く思えてきた。のに。
「……お前の世界を、オレだけにしないで」
そんなことをいきなり言われたって俺には無理だ――こんな広い世界には俺たちしかいない。(ああ、)。やっと意味の通じた彼の言葉をなぞる。途中まで。
「オレは強くなるために実弾を手に入れて、お前を捨てるんだ」
俺にはもう、お前しか信じることができないと、わかっているくせに。それでもお前は俺を切り離すのか。
「そんな世界なら、俺は最初からいらなかった」









(これが今生の別れとなるなど、)


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