( 追 い か け て い た の は ぼ く か 、 き み か ) 


オレたちは、当然のように同じ中学へ進学した。


「ロー――イっ!!」大きく名前を呼んで、オレは出会った当初と比べると随分逞しくなった親友の背中に飛びつき、首に腕を回して彼におんぶの体勢を強要する。終業式を終えた後からずっと、このうれしさをとにかく誰かと共有したくてしょうがなかったのだ。「やっと夏休みだな!」
「はいはい、そうですね」
ロイは肩越しにオレを振り返って苦笑しながらも、オレの両膝を抱えてくれる。クラスの皆は、はじめこんなオレたちのことを仲がよすぎるだのできてるだのとからかったものだったけれど、今では一部を除き、諦観の眼差しを送ってくるようになった。
「なあ、休み中何する?」
「当然、宿題だろう」
にべもなくロイはそう言い放つ。彼は普段から遊び呆けているオレと違って、意外と結構真面目に勉学に励む男だった。彼曰く、大人と戦うには賢くなければいけないらしい。オレはそういう難しいことはわからないから、そうなんだと一言相槌を打つだけだったけれど。
「お前はほんっとつまらない奴だな! それを終わらせた後はどうするんだよ」
「勿論、朝から晩まで自主勉だな」
「………………」
「嘘だよ、エドで遊ぶ」
「オレで遊ぶな!」
「ごめん言い間違えた、エドと遊ぶ」
「よろしい」
オレと一緒に遊びたいならはじめから素直にそう言えばいいのに、困った奴だまったく。ロイはオレを背負ったまま意味もなく揺れていたけれど、ふと何かを思い出した様子で声を上げる。
「あ、俺、式が終わった後先生に呼ばれてたんだった。職員室行かなきゃ」
「何? なんかあんの?」ロイはオレを床に立たせると片眉を上げて得意そうに言う。「先生のお手伝い。恒例の配布物があるからな。……皆の通知表見放題、だ」
「あっ、きったね! お前率先してオレのを見るつもりだろ!?」
「どうせもう少し冷静になりましょうとか周りを見ましょうとか、そうだな、後は言葉遣いを直しましょうとかそんなもんしか書いてないよ、お前のなんて。そんなお前が、学校内で成績トップって……」
大丈夫なのかこの学校、とでも言いたげなロイの脛を蹴飛ばして、オレは「さっさと職員室へ行け!」と怒鳴った。へらへら笑いながら教室を出て行ったロイを踏ん反り返って見送っていると、後ろからやかましい口笛が飛んでくる。
「ただでさえ暑いのに室内温度を上げないでくれよ。君たちって本当、どこの彼氏彼女よりもカップルらしいな」
「うるせえラッセル! そんなんじゃねえって何遍も言ってるだろうが!」
「それより新婚旅行の行き先は決めたのカ? 飛行機のチケット取るなら早割がいいゾ」
「リン……! そもそも男同士で結婚なんてする訳ねえだろっ」
中学を入学してすぐ、オレとロイの仲をからかい出したのがこのふたり――ラッセルとリンだ。決して悪い奴らではないのだけれど、こうやって冷やかしにかかる度にいちいち否定しなければならないのが面倒くさい。放っておくと変な噂として流れそうなので、否定しない訳にもいかないのだ。
「いい加減鬱陶しいから、そういうのやめてくれよ」
「いやあ、俺はやめようって言うのにこいつガ……」そう言ってリンは隣にいるラッセルを小突く。「ばればれな嘘を吐くなよ、元はといえば君からはじめたんだろうが」
「どうだっていいっつの、そんなことは! とにかく、オレとあいつは友だち! 親友!」
憎たらしい薄笑いを浮かべるラッセルの両肩を掴み、がくがくと前後へ揺さぶってやる。オレをからかうことを生き甲斐としている節があるふたりを、どうにか矯正することが目下オレの指名である。
「わかったわかった。そしてその親友は、一体どこへ行ったんだ?」
「担任に荷物持ちに呼ばれたみたい。ほら、小学校でももらっただろ、通知表とか」
「通知表!? つ、通知表だト……!?」
こうしちゃいられない、とリンは突然荷物を片づけはじめる。なんだ、この反応は。
「おい、お前何やってんの?」何日放置していたのかは聞きたくもない程机の中に入れっぱなしだった給食のパンやらお菓子やらを慌てて鞄の中に放り込む彼に尋ねると、「通知表なんか見たくもなイ!!」という呆れた答が返ってきた。
「そもそもおかしいヨ! 何故そんなにもテストの成績で人間を評価したがるんダ!?」
「お前体育しかできないもんな……」
オレは中学からのリンしか知らないけれど、それにしたって彼が勉強というものに好かれていないのだというのはこの四ヶ月の間に十分見てきたつもりだ。
「まあそんなに気にするもんでもないぞ。小中学校の通知表なんておまけみたいなもんだから――っと、」
「君の王子がお帰りだな」
この期に及んでまだ軽口を叩くラッセルを睨みつつ、オレは大きな段ボールを抱えて戻ってきたロイの元へ駆け寄る。
「ロイ、それ何?」
「……美術で描いた絵とか」
――あれ?)
先程までとは打って変わって、ロイの無表情さとぶっきらぼうな態度に違和感を覚える。
「……他は?」
「知らない」
(違う、)これは、怒っているときのロイだ。彼は本当に腹を立てているや苛ついているとき、表情に出ない稀有な人種なのだ。かれこれ三年程のつき合いだけれど、ロイがそうやって無言で静かに怒るというのに気づいたのはここ最近になってからだった。そしていつもオレはその理由がわからない。まず間違いなくオレに関係しているのであろうとまでは考えが至っても、何故かがわからないのだ。そしておそらく、今の彼もそうなのだろうと思う。
「ロイ、……あの、さ。またオレ、なんか、やっちゃった?」
「お前に言ったってしょうがないことだから、気にするな」
ロイはオレと目線を合わせようとしない。
「しょうがないって……それってオレに言っても直せる訳がないってこと?」突き離されたような気がしてオレは彼に詰め寄ろうとするけれど、背後から伸びてきた手がそれを阻んだ。「ちょ、誰……っ」
「俺の可愛いエドをあんまり虐めるなヨ」
「君のじゃない、僕のだ」
「ど、どっちのもんでもない、てかお前ら、いきなりなんだよ!」
リンに羽交い締めにされて身動きができないでいると、ラッセルがオレの前に立ち塞がった。
「ウェゲナー、君って随分嫉妬心が強いんだな。僕らが勝手にちょっかいかけているだけで彼はなんにも悪くないのに、八つ当たりはそこそこにしておいた方がいいと思うよ?」
(や、八つ当たり……?)
ロイは何も答えようとしなかった。オレには彼らふたりの表情などまるで見えず、かといって口を挟むこともできずただうろたえるしかない。
「……なんとか言ったらどうなんだ?」
それでもロイが口を開かないと知ると、ラッセルはつまらなさそうにその金髪を掻き上げた。
「エド以外とは、話したくもないって顔だな」そう言って彼は首だけで振り返る。「本当、エドもこんな男のどこがいいんだか」
「……ロイは、いい奴だよ。話せばわかる」
「成程、話をしていないから、僕たちにはこいつのよさがわからないって訳だ」
「お前、意地悪いぞ……! もういいから、リン、お前も離せよな」首に巻きつくリンの腕をどうにか解いて、オレはロイの手を取った。「ごめんロイ、こいつら、オレのこと心配してくれただけなんだ、」
「どうだっていいよ、そんなのは」
「え――
それはどういう意味なのか訊こうとしたときタイミング悪く担任がやってきてしまって、オレはロイに真意を問い質すことはできなかった。冷たく払われた手を黙って握り締めるくらいしか、オレにできることはなかった。


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