( ぼ く と き み と ふ た り だ け の 秘 密 ) 


ロイ・ウェゲナーの息子、ロイ・マスタングは、父親と同じように優秀だった。オレが教える理科は勿論のこと、文系理系科目に関わらず、体育やら家庭科やら、とにかくあらゆる教科でトップを独走していた。中学での成績など一層さして重要なものでなくなってきている現代だけれど、彼はとにかく頭の回転がすこぶるいいと言わざるを得なかった。そればかりではなく、父の大人にだけ働く愛嬌もすっかり受け継いだらしい息子は、教師陣によく可愛がられる存在となっていた。ただ違うのは、それを同年代にも応用しているということと、オレを嫌悪しているということだ。
今日も職員室で愛想を振りまく少年を見やりながらそんなことを考えていると、彼はこちらへ歩を進めてきた。
「先生、おはようございます」
少年らしい無邪気な笑顔をオレにまで向けてくるときは、決まって周りに人がいるときだ。周囲にオレを嫌っていることを気づかれたくないのか知らないけれど。
「ああ、おはよう。朝からどうしたんだ?」
「用がなければあなたのところへなんかきたりしません」にこやかに、それこそ人好きのする笑顔を彼は浮かべる。「ねえ、先生?」
「それならその用事とやらをさっさと済ませていけばいいだろうに。もうすぐ会議が始まるんだけど」
「プリント。朝のうちに集めておけって言ったじゃないですか」
そう言って彼は持っていた紙の束をオレのデスクへぞんざいに置いた。確かにオレは朝の会議が始まる前に集めて持ってこいとは言ったけれど、それはクラス委員長にだ。マスタングにではない。
「お前はいつから委員長になったんだ?」
「ハインツ君ならトイレに籠って出てきませんので、僕がかわりに」
「なんだ、腹でも下したのか」
「そんなところです。じゃ、確かに渡しましたよ」
短く一礼をして彼は職員室から出て行った。そんな一連のやり取りを見ていたのか、ハボック先生がいい子ですねえなどと零すので思わず訊き返してしまう。
「いい子?」
「いい子じゃないか、俺なんか教師ばっかいる職員室になんて足を踏み入れたくもなかったのに、腹壊した委員長のかわりに面倒ごとをきちんと請け負って」
「……先生の中学校時代が垣間見えた気がします」
(しかし、そうか、先生方の評価がいいということは、そういう風に見られているということだもんな……)
性格はともかく、彼に――かつての親友に、このくらいの柔軟さがあればどうだっただろう。オレは彼の心配をせずに済んだし、そうしたら彼と今でも仲のいい間柄でいられたかもしれない。オレが、彼の欠陥に気がつかないまま――それはそれで、怖ろしいことだと思った。
「ぶっちゃけ、あいつ……マスタングは腹のうちで何を考えているのか、オレにはわかりませんけど」
「そんなの、あいつに限ったことじゃねえだろ? 俺たち教師には、生徒の考えてることの三分の一も理解できねえよ」
それもそうかと頷く。中学生や高校生くらいの子供が考えていることは、いつも突拍子なく思えるものだ。
「でも単純な子は単純ですよ。考えが透けて見えるくらいですからね」
「マスタングは単純じゃないって?」
「あれは……」少し、言い淀んでしまう。「可愛らしい面倒さでは、ないですね」
(……いや、)
オレは今、一体どちらのロイの話をしているのか――などと、考えた。あまりに馬鹿馬鹿しい問題だった。かつての親友も、現在の教え子も、厄介なことに変わりはない。
「俺にはよくわからんが……担任のお前だけが知る面があるってことか、あの、一見完璧そうに見える坊やの」
「……まあ、所詮子供ですから」
そう、彼はまだ子供だ。そしてオレたちも等しく子供だった。その性質を捨てることができなかった。慣れ合いの理由も、おそらくはその中にあるに違いない。オレたちは失敗をした。もしかしたら、出会うべきではなかったのかもしれないと思う程の。
オレには確信があった。
ロイは――中学生の頃、それこそ一年生のときに、いなくなったことがある。文字どおり、消えたのだ。彼はすぐには帰ってこなかったものの休み中のことだったのと、彼が口を噤んだために特に問題にはならなかったけれど、彼はオレにだけ教えてくれた。見ず知らずの女のところにいた、と。彼女に、無理矢理に引き込まれたのだ、と。
マスタングは、そのときにできた子供だ。


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