目を細めて/070816



自分はこれ程までに薄情者だったのか、はて、と首を捻る。どうしようもなく好きだったのに、時折死にそうになるくらい好きだったのに、と。

何がどうなってこんなことになったのかもわからないけれど、聞いた話によると、列車事故だったという。列車が脱線して、どかん。と、聞いた。乗客はほぼ全員死んでしまったという話だ。
その中に、オレのよく知る人も乗っていて。まあ、端的に言ってしまえば、死んでしまった、のだ。呆気なく。そのよく知る人っていうのも、つまりは、オレに生きる希望を与えてくれたあの人であって。オレの好きな人であって。いや、訂正、死にたくなる程に好きな人であって、だ。
けれどオレの世界は壊れるのかと思いきや、まったく平和で、安全な世界を呆れるくらい持続しつづけていた。それが薄情すぎるのかと考えていた訳だ。
だってさ。オレ、遺体を見ていないのです。本当にあの人が死んだなんて、どうして信じることができましょう。珍しくも神さまに頼ってみたりしちゃいましょうか? 「あの人は死んでしまったのですか」、なんて。訊ける筈がない。実に馬鹿げた問いである。
実感が湧かないって割かし大変だ。たとえば死んでしまったあの人の葬儀でも、オレはちっとも心を込めて祈ることができなかったし泣けなかったし現在進行形で哀しくもない。あの人が土に還っていくときだって、ああなんか埋められてるなあ、くらいの気持ちだった。その棺桶には、ばらばらに千切れたいくつかの身体だったものが詰められていただけだと知っていたから。
それはそれは酷い事故だったらしく、もはや誰が誰だか識別不可能だったのでした。という訳で、棺桶に詰められていた身体があの人のものではないことだって、十分にあるのです。

だからオレは信じない。
今も目を細めれば、あの人がそこで笑っているような気がするのだ。





(呼吸が止まってしまいそうになる程好きだったなら、どうしてまだお前は生命活動をつづけているのかと、あの人が軽口を叩く)



inserted by FC2 system