最低しか考えられない自分と、最高だけを願っている子供。









「あんたはオレが好きなんだよ」

唐突過ぎた。唐突過ぎたけれども、エドワードの言った言葉がすとんと腑に落ちたような感覚がした。ロイは今まで気づきもしなかった感情の名前を見つけた。
ああしかし、残念ながらこの男はそれを認めてやることなどどうしたってできる筈もなかった。何を思ったか執務机に乗り上がる十四の子供に、ロイはやれやれと手を払った。こんな少年に手を出せば処罰されるのは自分である。
エドワードはロイの気持ちなど丸きり無視を決め込んで、机上に落ち着いてしまった。これだから子供は嫌なのだ、そんなことを僅かでも漏らせば目の前の少年は子供ではない、そう突っかかってくるさまがありありと目に浮かんだ。思えば実に禁句ワードが多すぎる子供だ、とロイは頷いた。
そうすればエドワードは先程の宣言に肯定したものと思ってしまったようで、けれど訂正しようにも彼の禁句ワードを出さねばいけないと思い、もうどうしたものだかわからなくなっている内にエドワードが続ける。
「オレもあんたが好きなんだよ。知ってた?」
どんなブラックジョークだと思ったけれども、知っていたかという問いには首を横に振る。知らなかったのが本当だ。エドワードはじっとロイの目を覗き込む。距離が近過ぎて、金色の瞳にあまりにも呆けた表情の自分が見えた。
「何故?」
「それを訊くか? 普通。好きになるのに理由なんてないんだよ」
はて、どこかで聞いたような台詞だ。するとエドワードは何かの受け売りで、一度言ってみたかったのだと告げた。ああそういえば、誰もかれも多用しているような気がする台詞である。
「じゃあ大佐は。大佐はオレのどこが好きなの」
どこがと訊かれても、返答に困る。こうして自分が彼と同じ体験をせねば、エドワードの言うとおり答えづらい問いだということがわからないままだったかもしれない。しかし瞬時に答が思い浮かばなかったのは、たった今、長く偽っていたのかもしれない自分の気持ちにやっと気づいたからというのが加算される。
相手は十四の子供で、部下で、同性で、
「ほら、答えられないじゃん」
「今考えていたところだ」
何せ長所より短所の方が余程目につく子供である。いきなり好きなところを探せと言われても、すぐには出てこない。腑に落ちた気は確かにしたのだが、しかし自分は本当にエドワードのことが好きなのだろうか。それが事実だとしたら、一体いつからそんな気持ちを抱えていた。何がきっかけ。何が決定打。頭を捻れども、何も思いつかない。
「嫌いではないが、」
「好きかどうかはわからない?」
次の言葉を代弁されたのには驚くしかない。それ程頭の浮かれた子供ではなかったようだ。
「もしかしたらあんたは気づいていないのかもしれないって、思ったから。言ってみただけだよ。だってあんたの気持ちはあんたにしかわからない。オレはもう、あんたに伝えちゃったから、共有はできるけど」
とん、と。エドワードは鋼の手をロイの胸へと伸ばした。その下にある筈の心臓を、感じ取ることはなかったけれども。ロイは僅か十四の子供に、決して比喩ではなく、それでも実際にはそんなこと有り得る筈もないけれど、心臓を鷲掴みにされた気がした。
「困らせてごめん」
まつげ、ながいんだな。ぼんやり、と、巡る。謝る必要はどこにもないんだが、そう言ってあげようか否か。それともはっきりと、好きじゃないよと告げてしまうべきだろうか。そんなことをすれば、最悪泣いてしまうかもしれない。大きな金色の瞳から、ぼろぼろ涙を零して。しかしきっと、嗚咽は少しも漏らさないのだろう。
「始めは、見てるだけでよかったんだ。そこのソファに座って、あんたが報告書読むとことか。それだけで満ち足りて。満足だった。あんたの部下であれることが、最高に誇らしくて、うれしかった」
「……よく見るなとは、思っていた」
「気づかれてたか、はは」
エドワードは執務机の上だということを自覚しているのかいないのか、気づけば胡坐をかいている。ロイよりもこの部屋の主らしい。
「上手だっただろ、オレ。上手く、隠してただろ。あんた気づかなかったらしいもんな」
「ああ、さっぱり。そういうのには、割と敏感な方なんだがね」
「したらオレの勝ちだ、」
「参ったな、勝ち負けがあるのか?」
「勿論。オレもそうそう負けてらんないからね」
彼は、何を思って笑うのだろう。
「だから、何度でも手を伸ばすよ」
彼は、何を思って。
「……君などに手を出せば、私が危うくなる」
「知ってる。だから、言うつもりもなかった。大佐にとって不利益なだけなら、墓まで持っていくつもりでいたよ。だってあんたは上を目指さなきゃならないだろ」
「それにまだ、わからないんだよ。これが本当に、君が言う好きなのか」
「長く色んな人とつき合ってきたくせに?」
「そう、それなのに」
何か、嵌ったような気がした。オレのことが好きなんだよと単刀直入に言われて、ああそうだったのかもしれないと、妙に納得してしまったのだ。しかしそれは仮定。はっきり自覚した訳ではないのだ。間違いを犯すことだけはしてはならない。傷つくのは、自分ではなくエドワードなのだから。
けれど悩んだ末に出した結論は、あまりにも。無神経過ぎたものであった。


「もしかしたら。君も違うのかもしれない。よく言うだろう、恋に恋したと」


今更撤回など、できやしない。けれど彼のためを思えばこそのこの言葉。わかってもらえなくとも構わない。もっとまっすぐに進んでほしいがために、ロイは選んだ。だから最初から撤回する気も、毛頭なく。
「それが、答?」
沈黙は、肯定であり。答で、あり。
「大佐はオレが子供だから、そう言うの」
わからない、わからない。子供だから、はあまり関係がないように思う。強いて言えば、君だから。ロイは言う。
「そか」
どちらにしてもエドワードを酷く傷つけてしまったようだ。もっと他にいい方法があったのかもしれない。こんな冴えないやり方などではなく、もっと別の。ふたりが、とは言わない。エドワードが、救われるような。彼を引き込んでしまったのは他でもないロイなのだから、救済はこの子供のみに与えられるのが正当である。
「いーよ。それでも。大佐がそう思ってても、いい」
「鋼の、君は、私などにとらわれていてはいけない。もっと視野を広げなさい」
「そうしても、オレはあんた以外を好きになることはない。そう言える」
まっすぐな視線を逸らすことなど、誰ができよう。エドワードの目に偽りはなかった。真剣、そのもの。はぐらかすこともまた、できない。

「私は君を汚すよ。君を救える者に、君を救ってくれる者を、好きになった方がいい」
「誰がオレを綺麗だって言うんだよ。もうとっくに汚れちゃったから、そんなの気にしないし、オレを救えるのは、あんただけだ」

酷い、酷い思い違いである。そんな力ロイにありはしないし、ロイから見ればエドワードはあまりにも、綺麗、では。ないのかもしれない。一緒なのかもしれない。ただ度合いが違うだけで。もう染まってしまって手に負えない状態なのは、同じなのかもしれない。それが、腑に落ちた、原因なのかも、しれない。

「もしも私が、君に会わなければよかったと言ったら?」
私に巡り会わなければよかったのにと心底思ったが故の、何気なくを装った問いかけ。彼は予想通りの答を投げかけた。
「それでもオレは思うよ。『あんたに会えてよかった』」









最上だけを考えた




071021
なんか最近恋してばっかり。

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