二の指はいらない



「私のあとを継ぐ人間が必要なんだ」
右の耳から左の耳へつんざくような電子音がひっきりなしに流れているのがひどく苛立たしかったが、男はまるで何も気づいてないようだったので、エドワードは大人しく音を聞き流すことに専念した。男はそれだけぽつりと吐いて、それきり黙ってしまったのでどうしようもなかったのだ。きんきんうるさいな、エドワードはどうも耳がよすぎるらしい。男は何も言わなかった。
「なあ、」
痺れを切らし声をかけたのはエドワードの方。やたらと背もたれの長い椅子に足を組んで腰かけたまま目を瞑ってしまった男は至極だるそうに目蓋を押し上げる。
「なんだい」
「オレはいつまでここにいればいいの」
それ以前に訊きたいことはもっと沢山あるにはあったけれど、男はたぶん何ひとつ答える気はないのだろうと思って諦めた。エドワードは取り敢えずここから去りたくてしょうがなかったのに、男はやわらかな目をもう一度伏せてずっとだ、それだけ告げた。
「……ずっとってどれくらい」
「ずっと」
「ずっと? 一時間? 三十分くらい?」
「ずっと、は。永遠だ」
「えいえ、ん」
聞きなれない響きだ。えいえん、と繰り返す。男は、永遠、と繰り返した。
「なあ、」
「なんだい」
「あんたは何をやってんの? オレは、何をすればいいの」
男は今度は目を開けることはなかった。かわりに答えてくれないだろうと思っていた疑問に答をくれた。正直ありえないありえないと頭を振りたくなるような答だったけれど、それでも敏いエドワードには十分すぎる言葉だった。
「私は人間どもの罪を被って生きている。君は、次の身がわりだ。人柱だ。うれしいだろう。だからもう君は帰れないよ」
「あんたはもう駄目なの?」
「長く生きすぎたからな、限界だよ。身体の器官はすべて老いている」
「このうるさいのも聴こえないんだ」
「まあな、君には聴こえるだろうが私にはもう聴こえない。だから終わりなんだ」
「ふうん」
ぎこぎことロッキングチェアを揺らしながら暫し思案した。もう帰れないのか、ふうん。そっか。仕方ないか。自己完結を要するまでものの五秒もかからなかった。エドワードは何もかも失った子供だったのだ。ましてこの世に未練などある訳もない。
「でも永遠ておかしいよな」
「おかしい?」
「うん。だってあんたはもう死んじゃうんだろ? そしたら、オレもいつか死ぬってことだ。罪を被っていつか死ぬんだろ。永遠じゃないじゃん。永遠なんかじゃないじゃん」
「いいや、私は死なないよ。そしてたぶん、君も死なない。ああしかし、そもそも君は着眼点を間違えている気がする。受け入れるのか?」
「うん」
「変わった子供だな」
ふふん、と心地よさそうに男は笑った。やわらかい笑みだった。
「あんただって似たようなもんなんだろ。その前の奴だってきっとそうだったんだ。巡ってるよ」
ふふん、と面白そうにエドワードは笑った。いたずらっ子の笑みだった。







080126
ある種パラレル。

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