(You shall die,午後の飽食)












王さまのランチ




ふんふんふん、軽い鼻歌を口ずさみながらエドワードはどさりと材料を執務室のデスクにところ狭しと並べられた紙の上に置いた。この子供は私の仕事の邪魔をすることを生きがいにしているか、もしくは彼の目にはこの書類は透明に映っているのではないかと思いながら、ロイは何ごとだねと心底迷惑そうにたった今置かれたばかりの重そうな袋を机の隅へ追いやろうとする。
「さて、大佐。オレと一緒に昼食をつくろう」
突拍子もないことを言い出すのは、今日に限ったことではない。ロイは疑問符を一層頭の上に浮かべながら、何故だと尋ねる。エドワードは楽しそうな顔をしたまま、なんとなく、そう答えた。
「話にならんな。私は忙しいんだ。子供の遊びにつき合っている暇はない」
ぴしゃり。
「そんなこと言わずにさあ、ていうかあんたに選択肢はありません! さあ、行くぞ」
エドワードは執務机を回ってロイの椅子をぐるりと自分の方へ向けた。迷惑だとロイははっきりと告げたが、エドワードは特に気にする様子もなく、無理矢理ロイを立たせ、荷物を持つように促した。
「重くって。大佐、ちょっと手伝ってよ」
「ちょっとか、これはちょっとなのか。君の尺度はどうも昔から……」
「はいはい、御託は後で聞いてやるから」
ロイはエドワードに背中をぐいぐいと押され、渋々といった風に執務室を後にした。机上の書類にはどれもこれも真新しい皺ができていた。
「ところで、何をするつもりなんだ?」
「中身を見ればわかるだろ」
ロイは言われたとおり袋の中を覗いてみた。すると、目に飛び込んできたのは沢山の種類の野菜だった。
「……野菜、だな」
「適当に市場で見繕ってきた。どれも新鮮さは群を抜くぜ! っておっちゃんが言ってたよ、多分うまいだろ」
「多分て、」
ぐいぐい、とエドワードは尚もロイの背を押して進む。それというのも、エドワードがこうして前に進むようにしなければ、ロイは今にも回れ右をして引き返してしまいそうだったからである。
「錬金術師は料理なんかお手のもの、だよなあ?」
「ぐ……」
にんまり笑うエドワードの雰囲気を感じ取ったロイは、気まずそうに言葉を詰まらせた。エドワードは、右! と強く指示を出し、逃れられそうにないと悟ったロイは大人しく従った。ふたりが入った部屋には、既にテーブルの上に包丁やまな板が用意されていた。なんとも手際のいいことである。
「……で、何をつくるんだ」
「えーと、まずは、肉を出してくださいマスタングさん」
「はいはい、エルリックさん……何肉をご所望ですか」
「人肉です」
「……は?」
「人肉です、マスタングさん」
エドワードはさらりと言ってのけ、あまりの物騒な単語に手を止めたロイから袋を引ったくり、逆さまにした。ごろごろと音を響かせながらエドワードが市場で買い込んできたという材料が広がった。その後で、べちゃりと嫌な音を立て、肉が落ちた。
「き、きみ、せめて何かで包めよ」
そういう問題でもないが、ロイの頭はぐるりぐるりと脳味噌が旋回しているかのようだった。酷い眩暈と、それから、乗りものに酔ったような気持ち悪さがある。
「あー、だってこれ、買ったものじゃないからなあ。ごめんごめん、そこまで気が回らなかった、ばらして、そのまんま詰めてきちゃったよ」
人肉―――エドワードの声が蘇る。人肉、確かにそう言った。しかも買ったものじゃないとまで言った。ロイにはもう、一本の道しか浮かばなかった。
「……誰の、肉だいこれは」
「そんなことが気になりますか? マスタングさん。誰でもいいじゃあありませんか! 些細なことでしょう! さ、何をつくります?」
あっけらかんとしてエドワードは腕を捲くった。きらりと光る刃を手にする腕をよく見ると、エドワードのシャツには血のような染みがまだらに模様をなしていた。見れば紙袋の底にも何かで濡れたようで、黒く沁みている。本当は、エドワードに言われ、不承不承それを抱いたときから嫌な感触はもうしていたのだ。ロイは結構な重量があった荷を左腕に乗せてしまっていたことに気がつき、みれば、―――
「ほんとは同じ錬金術師の脳味噌が喰えたらいいんだけどさ。例えば、あんたみた―――
ごくんと唾を飲み込んだロイは、尋常ではない気配を感じ取り、何故だかトマトをひとつとっ掴み部屋から逃げるように出て行った。
―――いな、って……ありゃりゃ、やりすぎ?」


なんとか執務室に戻り、誰もいないことを確かめたのち、ロイはドアに鍵をかけて椅子にどかりと腰かけた。不覚にも息が上がってしまって苦しかった。なんとなくデスクに目をやるとそこにはカレンダーが先月のまま形を残していて、そういえば今日から四月だとホークアイ中尉が言っていたのを思い出し、ロイはカレンダーを一枚捲った。
やられたとロイが顔を顰めたのは、状況をよくよく理解できてからのことである。軍服の袖についた赤っぽい染みは、においを嗅いだところ、肉汁だと思われた。ただし、なんの肉かは、想像するのをやめにした。
取り敢えず、トマトは責任を持って食べた。





080401
滑り込みセーフ! なんだかカーニバルと間違われそうな、話ねこれ。

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