紅蓮に投げ捨て身をよじらせて、それでもまだ、それに勝る痛みが存在していた

phobic







私が死んだとき。一番そばにいるのは誰だろうと、ふと思った。ただそれだけの、なんでもないような。答がなくとも一切困らないような。けれど知ってみたい気もするような、そんな。
私が、死んだとき―――何故にこんな、ネガティヴなのだろう、私は。まったく、面倒くさい。



できるならば、人と関わりを持ちたくないと望んでいた時期があった。できることなら、自分の周りに何か透明な結界のようなものを張って、人から、心を持つ動物から離れようとしていた。
その透明な結界のようなもの、を、漠然と考えていた訳だけれども、やがて成長していく過程に、それは皆持ちもののひとつとして従えているのだと気づいた。幼すぎて、ただ見えていなかったのだ。曖昧にしていた。ただそれだけの、なんでもないような。それに気づくことが、子供と大人の境目のような、そんな。
拒絶するのだ。一概にいえば。拒絶することされること。それが結界の正体だった。私が子供の頃は、まだ知らなかったもの。知らなくても大人の寛容さによって許されたもの。

「触んな」



しかし、と、思う。自分でも知らない間に、この、透明な結界のようなもの、つまり拒絶をしたりされたりして、一線を、私なりに人と人の間に存在する一線を慮ってきたつもりだ。
しかし、しかし、だ。これまでに、これ程までに跳ね除けようとする人間は、初めて見た。


「触んなよっ、触んな、触れんな、オレに、近づくなっ」

子供が打ち震えていた。司令部の、書庫、その、隅。暗闇に溶け込むようにして座り込んで、肩をきつく抱いて、何かに―――怯えて、いるのだろうか。

(何故、)


「鋼の……どうした?」
「なっ、んでもねえよ! いいからどっか行け! あんたの顔なんか、見たくねんだよっ!」
まるで喉のつっかえに押し戻されないように、一度に吐き出してしまおうという喋り方だった。早口に、拒絶。もう何度繰り返しただろう言葉。少し、残念な、口惜しいような、そんな気持ちが湧いた。それは触れるなと言われたことではなく、もうこの子供は、透明な結界を張っているという事実に対して、だ。
「…………も、誰の顔も……っ」
うああああああぁああぁあん! 堰を切ったように喚き出し、時折、浅く息をする。その繰り返し、繰り返し。自分も、こういう風に不安定になったことは、多分あった筈だった。そのときどうやって折り合いをつけたのか、さっぱり覚えていなかったから、私には手出しできないと、そのまま黙っていた。
彼くらいの年齢になると、感情がよく揺れる。起伏が激しいとでもいうのだろうか、とにかく、精神が安定してくれないものだった。―――懐かしく、思った、けれど、彼と私は違う。
うああああああぁああぁあん! 赤ん坊のように、彼は喉を仰け反らせ吠えるように泣き叫ぶ。まるで……まるで、……届かない素懐の怒りに身悶えて、その理不尽さを訴えているようで。


「……っ、う、っく」

暗がりに逃げ込んだ子供の小さな身体を見て、不意に思ったのは、自分が死んだとき。

「はっ、…………」
「……落ち着いたか?」
失望を抱えたものの、まだ希望に縋ることを彼は望んだくせに。泣き腫らした赤い目で、「ねえ、知ってる?」ぽつりと呟いた。








「__って、絶望なんだよ」



(ああ、)

こんな彼だから、










080601 
……お互い嫌悪している話の筈が。ウワー。

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