指先だけ冷たかった/090214

あっという間に、眠るように消えていく。そういう死に方ができたら、楽でいい。瞬きするその一瞬にとけて消えていくんだ。 影がなくなったことを嘆く人が誰もいなければ、今すぐそうしてやりたかった。
冷たいと思うのはいつものことだ。脈がないのも当然のことだ。肌の質感がまるで違うのも、鈍い音が響くのも。 ああ嫌だ なんて思うのは今に始まったことじゃないし、ひとりじゃすぐにでも膝をついてしまいそうになる。 全部自分が弱い所為。誰かの所為にできないのが愚かしい。

夢に見るのだった。 ぼう、と、現実にそれを投影してみるのだった。
眼前に広げる両の手を少しずつ縮めていく。 (オレの首はどれくらいの細さだ?)なんて。 サバイバルナイフを広げるよりずっと穏やかで、ずっと狂気。
(バタフライナイフではちょっと頼りないな)なんて。 胃の中で何か暴れ回る。それがふとした油断の隙を突いて口から溢れ出る、溺れる錯覚。
何がしかの恐怖を、感じられたら多分何か変わる気がするんだ。

指を咥えて見ていることもできた。 選んだのは所詮は自分だった。
馬鹿にできないのはなんの矜持ゆえだろう。 滑稽さはときに牙を持つ、そう教えてくれたのは誰だっけ。


自分が消えたことを嘆く人なんて、本当にいるのだろうかと、不安になる。 いつでも許されたいと願うオレだから。 傷つけてしまった人に死ね って言われたならそうする。 人知れず消えていくことが最良なら、魂だけ残してなんとか蒸発してみせる。 オレがいなければ って思う人が必ずいるんだ。 知っているのにどうもできなかった。
胃の中で火を噴く何かが喉につっかえて、うまく息ができなくなった。

もうすぐ見える最期に尻込みしそうになる。 (先に世界が死んでくれればいいのに)なんて。 思い出の中に、拡散しないように。 瞳に捕まらないように。 そんな風に残りたくなんかないから。



たとえばオレが生まれてこなければ、世界はどうやって進んだんだろう。 疑問ばかり零れては、泡のようにしぼんでいく。
ありふれた朝を、オレは持つこともできなかった。






指先だけ冷たかった
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