mundane-nuncleus










オレが半年かかってあいつのことが好きなのだと漸く自覚し高校二年に進学したら告白しようと思っていた矢先だった。風の噂で聞いたことでは彼は遠くへ引っ越すのだという。親が転勤族だと言うのは以前本人から聞いて知っていた。でもまさかこんなに早く行ってしまうとは思いもしなかった。
携帯のメールアドレスは知っていた。メールでなら顔を合わせずに済むからか普通に会話することができていたのだがいざ彼を目の前にすると話しかけるのにかなりの勇気を消費した。オレは何度も躊躇ってやっとこれだけ訊いた。「……マスタング、引っ越すってほんと?」それに対する彼の答は相当短かった。「いや、……まだわからない」そりゃそうだ。又聞きの情報でしかないが彼は引っ越し先の高校を受験してからすべてが決まるらしかった。母親との取り決めだそうだ。無事合格すれば引っ越してそちらの高校に通い、落ちればここに残って二年になる。落ちてくれ、と切に願った。オレは彼に行ってほしくなかった。

四月、入学当初の記憶なんてまったく残っていない。彼と同じクラスになって、最初に会話したのは確か何度目かの席替えからだ。彼がオレの前になったとき。そのときは別になんとも思わなかった。少し言動がおかしかったから変な奴だなくらいにしか思っていなかった。彼が一番はじめにした自己紹介だってちっとも覚えていなかったからどういう人間かもそのときは全然知らなかった。
何がきっかけだったのか今となっても少しもわからない。ただ気づいたら彼のことをよく考えるようになっていた。しかしながらオレは恋愛なんてしたことがなかった訳で、だからどういう気持ちが恋なのかもわからなかった。自分には縁遠い感情だとすら思っていた。

夏休み、友だちの協力を経て彼のアドレスを手に入れた。そのときは彼との距離が一歩縮まった気がしてうれしかった。調子に乗ったオレは彼専用のフォルダを受信ボックスにつくり彼からのメールは振り分け機能によって分けられるようにまでした。浮かれていたのだ。

それからオレは彼と何度か一緒に遊んだりもした。ふたりでどこかへ出かけたことは一度もなかったが。

彼は学校の割と近くに住んでいるのによく寝坊をしたら面倒になってそのまま休むと言っていたこともあった。そのときはなんてしょうもない人間なんだと思ったりもしたがそれすらもなんだか可愛いような気さえしていた。だから彼が学校を休むなんてことは結構あったのだがオレの気持ちを知る友人に促されて「今日休んだけどどうしたの大丈夫?」的な内容のメールを送ったこともあった。そのときは本当に具合が悪かったようでメールしてよかったと思ったものだった。

二月、オレは生まれてはじめてチョコレートをつくった。うまくできたら「友だちへ送るチョコレート」として渡すつもりだった。我ながら女々しいことをしていると恥ずかしくなりながらもチョコレートは完成した。今年のバレンタインは土曜日だったので、オレは連休明けの金曜日に彼に渡した。喜んでくれたのがうれしくてでもやっぱり恥ずかしかったので他の友人にも渡すという名目で走ってその場を離れた。放課後「チョコありがとう家に帰ったらおいしく食させていただきます」なんていうメールが届いて少し飛び跳ねた。しかしその後オレ以外にも彼にもチョコレートを渡した人がいると聞いてなんとも言えない気持ちになった。その人は別に彼のことなどどうとも思っていなかったようだがそれとこれとは別問題だった。

三月、オレには縦の繋がりなんてものは存在しなかったので特に感慨もなく卒業式を終えた。そして十六日、日曜のホワイトデイの次の日の月曜日、さあ帰ろうかというときに彼からメールが届いた。「ロッカーにクッキー入れたんで食べてください」と書かれていた。オレは驚くことに彼からお返しをもらうことができたのだ。驚くことにというか義理固そうな彼にしてみれば普通なことなのかもしれなかったがオレには「驚くこと」で違いなかった。オレは急いで一年の教室群つまりは四階まで駆け上がった。息を切らして空のロッカーを開けるとひとつ袋が置かれていた。それは確かに手づくりのクッキーだった。オレはすぐさま彼にありがとうとメールを打った。彼からの返信には「直接渡せなくてごめんココアパウダーがきつすぎて甘くないからまずかったら本当捨てて」なんてあったがそんなこと死んでもするものかと思った。本当においしかったし何よりうれしかったのだ。

一年生最後の日、彼は学校へこなかった。受験をしに泊まりがけで向こうへ行っているらしかった。そしてオレの願いとは裏腹に彼はその高校に受かった。学校側が募集しているくらいなのだから余程のことがない限り落ちたりしないだろうと思っていたので別段驚きはなかった。オレは彼が転校してしまうと聞いたときからもう既に諦めていたのだ。それくらいの「好き」だったということだ。
「このままでいいのか」と友人に言われた。オレは「だってどうしようもないじゃん」と返した。本当にしょうがないのだ。オレたちはまだまだ子供だから親の庇護下でなければ生きていけない、オレはそれを知っていた。たとえもしうまくいったとしてもそこから始まるのは遠い距離での恋愛だ。彼に話しかけることすら躊躇うようなオレにそんな覚悟はなかった。絶対に気持ちが薄れないことはないと思った。お互い会えずに身近な誰かに惹かれていく気がした。そんなの虚しすぎるとオレはぼんやり考えた。
彼と離れたくないとは思ってもそんなものは彼が実際に遠くへ行ってしまえばいずれ消えてしまう思いだ。オレはいつの間にか彼のことを忘れてまた違う人を好きになっている。彼だってそうだろう、だからこれはもう終わりだった。初恋は紛うことなき失恋だった。













青に焦がれて

090331//この話には実は続きがある

inserted by FC2 system