トンネルを思い出す。足音が遠く反響する感じが、懐かしい記憶を呼び起こさせた。小さい頃は何も知らないまま、空洞の中で大きな声を無闇に発して遊んだ。けれどもそれと異なる点は、トンネルには入口も出口もあるが、ここには出口などないということだった。 「まだ生きているか」男は飄々とした、別にお前が生きてても死んでても構わないが、なんて調子を含んで問いかけた。疑問の意味なんてほんの少ししかない。あえて言いかえるなら、なんだまだ生きていたのか、といった具合だろう。 「……おあいにくさま、」オレはひとつ咳払いをしながら言った。ずっと黙っているとどのくらい息を吐き出せばいいのかわからなくなってくる。久しぶりに発したような気のする声に喉は痛んだ。「丈夫にできてるんで」 「そのようだ」 それでも飾り気のない手錠にずっと手を吊り上げられていると、いい加減腕の血の気も失せる。金属の冷たさがゆっくりと、けれども確実に伝わって指先はもはや冷たくなり、感覚もあまりない程だ。おまけに毎日あちこち豚みたいに殴られたり虫みたいに蹴られたりしていると、元々とろくさい自然治癒もまったく追いつかない。はたから見れば、今のオレはどんなに蛸に酷似していることだろうと思う。しかし面白いのは、目の前のオレを捕らえて悦に入っているこの男が、オレの顔だけは傷をつけるのを避けているということだ。 「では、まだまだもつかな」 「打ちどころがよければ。あと日を置いてくれたら」 どうせ無理な注文だということはわかっている。この目の前の、髪も目も、おまけに心までどす黒い男は手加減とか程々という言葉を知らないのだ。だからオレは全身が腫れ上がったまま、血も止まらないのだ。 「馬鹿な奴だな、」薄く笑う。嘲笑という類いの笑みだ。「それではお前の存在意義が死滅する」 そこまで言うのか――そう思うのも束の間、男はオレの伸び放題の髪を雑草のように粗雑に掴み、がくがくと脳髄の奥までシェイクさせようとする。後ろの壁は綺麗に丸く血が滲んでいるのに最近気づいた。それは絶対にオレの頭から流れ出る血液に違いなかった。 「お前が、きちんと、認識するまで、続けて、やろう」ご丁寧に一息一息で打ちつけてくれる。息も絶え絶えに、オレは問う。何を? と。 「お前が今生きている意味は、この私にある」 ああもう、 「まさに気が狂いそうだな」 |