「わたしたちが死ぬときってねえ、誰かと手を繋いでいようが抱き合っていようが関係ないの。どう抗ったって最終的にはひとりなの。ひとりで死んでいくの。それは誰にも変えられないの」 戦場のまん中で一際痩せて小さな少女が俺に向けて言い放った言葉だった。彼女は今まさに人生の終止符というやつを打たれようとしているところだった。そして俺はそんな少女の人生の終止符というやつを打とうとしているところだった。 「あなただってそのうち気づくでしょう、」 砂塵で薄汚れた少女の手にはそれよりも小さな手が握られているのが見えた。しかしその手首から下は千切れていた。どちらが先に、その手を繋いだのだろう。失われたのは繋いだ後か、前か。 「今はまだ、わからないかもしれないけれど」 彼女の瞳はあかいいろ。俺の生み出すあかと、その瞳と、固い地面に染みるあか、どうしてこうも違うのか。何がこうも変えさせるのか。 誰ぞの所為で焼け焦げた髪を僅かな風に靡かせ、少女はゆっくりと砂礫へ沈む。 「イシュヴァラの神のもとへ、わたしはかえる」 そうして誰が、はじめに祈ったのだろう。 「あの頃は夜になってもちっとも眠れなくて、眠剤を手放すことができなかった」 照明を落として埃っぽい地面に寝そべったところで、目蓋の裏に投影されるのは今日殺した彼らの姿、形。仕方なく手を伸ばす薬剤でさえ、安眠とは言い難い。 「それでも繰り返し常用していると、段々と、少量では効果がなくなってくるんだ。不思議なくらい効かなくなる。私よりも酷い、まあ、手遅れだった奴らは阿呆なくらい飲み込んで、そのまま朝目覚めなかったりな。あったよ、そういうことも」 酷く懐かしいことを今、私は思い出している。ふとした瞬間にそういえばを口にするのは、本当に些細なきっかけだ。その些細なきっかけを与えたのは、およそ戦場なんてものは想像でしか思い描けないであろう、十六の少年だった。 「オレにはわかんねえなあ、寝れないっていう状態がさ」 「君はいつだってどこだって眠れる人間だもんな」 「徹夜するのは自分の意思だけどもー、まあ、そうだな」 「私だって今でこそそうだ。精神状態が異常だったんだろう、あのときは」 「昂ってたんじゃなくて?」 「……それもあったかもしれん」 「いやー、想像すると笑えるなあ、あんたの過去って。一体あんたはどれだけの土地を焼いてきたんだろう!」 それは本人である自分自身でさえわからない。爆風で消し飛んでいったあの町この町を、逐一数えたりしなかった。どうせこれからも増えていくのだ、数えた分もいつしか忘れてしまうだろうと思った。 「まあ、焼いたのは土地ばかりではないが、」 「言うなよ、折角オブラートに包んであげたというのに」 嬉々とした顔をして口にしたくせに、なんてことを言うのか。あれが、オブラートに包みましたと? 「君の基準は、どうもおかしい」 「そーか? そうでもないと思うけど」 「普通この話を聞いて、笑えるなんていう感想を零した者はまずいなかった」 「笑えるだろ」 持っていたペンを放棄して、机に肘をつく。 「どの辺が」 彼は依然ソファに深く身を預けたままだ。傍目には寝ているようにも見えたが、口元だけは笑っていた。 「あんたって、実はものすごい繊細だし神経質だろ。だから、どういう顔して、どういう心情隠して、慈悲も何もない錬金術を糞真面目に放っていたんだろうかって想像すると、」 「目を開けろ」 あの日あのときあの少女を慈悲も何もなく焼き払った道具は、すぐそこにあった。手の届く範囲に。 「馬鹿だなあ、大佐。目なんて開けても閉じても想像するのは自由だぜ」 いつも以上に軽口の止まらない彼は、ごろりと一度うつ伏せになってから起き上がる。そういえば彼のコートもまた、あかい色だった。 「……君にこんな話をするんじゃなかったな、」 「はっは、まさかこのオレが慰める訳ないじゃん。期待してた? 『それは大佐の所為じゃないよ』って言ってほしかった? だったらごめんな、『あんたの所為です』」 「わかっているさ、君に言われずとも。止められたのに、選んでしまった私が悪い」 同胞であるべき沢山の人間を焼き殺し、数多の土地を灰土となし、命令をまっとうしつつも眠れなくなったりしたことのすべては結局、自分の。 「わかっているから、そんなに責めないでくれ、鋼の」 「責めてるのとはまた違ったんだけどな。たださあ……あと一個だけね」 副官が随分前に出してくれた、おそらくはもう冷めてしまっただろうコーヒーに彼は手を伸ばす。 「あんたたちは、薬で逃げることだけはしちゃいけなかったよ」 「……ああ、……」 それは確かに、まったくもって、そのとおりだった。 絶対零度で殺してくれ/8 Nov. 2009 誰かにとめられたのに、自分でやめられたのに、のどちらとも