すべては実践することで解決する 



(あああ……)。部屋にはオレだけが取り残されていた。周りには誰もいない。がらんとしている。見渡せど白。大抵の子供が嫌がる消毒液のにおい。予定の一切書きこまれていないカレンダー、一度も使った形跡のないホワイトボード、人の座った名残のないデスクにチェア。リノリウムの床に転がっているなにがしかの薬瓶、花の飾られない花瓶。夏の空に雪が舞っていて、開け放した窓の向こうへ遮光カーテンがひらひらと逃げている。いつからオレはここにいるのだ、なんて問うも誰かが返してくれることもなく、オレは唇を噛んだ。気づけばここに立っていた。記憶が曖昧どころかまったくない。綺麗に消去されたようだった。不可思議なのはこのあり得ない空模様と、手にしている物体X。(あ、あ……)。こういうときに頭を抱えるのが正解かと思う。オレの手にしっかりと握られているのは注射器。オレの大嫌いな、漏れなく痛い思い怖い思いのする注射器だ。(……何故、!)。何故なんだ、なんて叫ぶも残念なことに声にはならず、オレはここでやっと自分が声すらなくしているのだということに気づいた。記憶に声に、の二重苦で、どうして動揺せずにいられようか。ぐるぐると室内を見渡すも、やはり景色は何ひとつ変わらない。少し冷静さを取り戻そうと、オレは深く息を吸い込んだ。ひとまず落ち着くべきだろう。二、三度深呼吸をすると、またおかしな点に気づく。この部屋への入り口が見当たらない。そうなるとおかしいのは、(オレは一体どこから……)。外へ出られそうなのはこの開け放されている窓のみだ。ただ生きて出られる可能性は低い。近くまで寄らずともわかる。地面が酷く遠かった。出ることもできないのにどうして入ってこれようか。おかしな世界だった、ここは。外の世界は確かに広がっているのに、この一画、この一部屋のみが全世界として成立しているような気がした。(そんな、馬鹿な)。


「そしてオレは自分が何をすべきなのかわかっていたんだ、不思議なことに」


このシリンジに一体何が注ぎ込まれているのかは知らない。それなのにオレの頭の中には次にやるべきことがきっちりと浮かんでいる。(これを……、)この針を、自身の腕に刺さなければ、(オレは死ぬ)。預言者に託されるという啓示もこんなものなのだろうかとうっすらと思った。ただ今のオレのように恐怖を感じたりはしなかった筈だ。おそろしくて仕方がない。やるべきことはわかっている。実行することがこんなにも怖い、中に何が入っているのか知れないから。


「おかしくはないか? だって刺さなければ死ぬんだろう。それなのに、致死成分が含まれていては」
「わかっていたのはそこまでだ。中身が何かは二の次で、オレはとにかくこの注射針を腕にぶっ刺さなければ死ぬんだよ」


オレは震える手を叱咤し、どうにか針を皮膚に突き刺した。嫌な感触しかなかった。(だから注射は嫌いなんだ!)。空になった注射器を床に放り投げると、ぐにゃりと世界が歪みはじめた。嫌な予感しかしなかった。それでもオレはこうするしかなかったのだ。


「そうしてオレはベッドから飛び起きるのである。終わり」
「そんな閉塞的な夢、私は絶対にみたくないな」



実物大の理性の狡知 / 1 Jan. 2011
夢でした/あれこれわたしの実際の話だっけか……前すぎてまさに曖昧
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