「オレは現実を見たね」 ここ何ヶ月か音沙汰のなかった彼が突然、なんの前触れもなしに司令部執務室までやってきたかと思うと、渋る私を無理矢理ソファへ座らせた。そしてそのまま私のこの膝にその小さな頭を乗せた。(……この私が、膝枕を強要されるとは……)。まったく何を考えているのだかわからない。仕様がないのでよしよしと気まぐれに撫でてみる。動物を愛でる感覚に近かった。 「そうしたらなんだね、君は、ずっと非現実を見ていたのかい」 「違う、違くって、そういうことじゃなくって、」 ううん、とひとしきり唸ったきり、彼は押し黙ってしまった。うつ伏せのまま膝に顔をうずめるものだから、覗き込もうにも少し無理があった。 「鋼の、君、一体どこまで行っていたんだ? 中途報告もせずに……」 「……心配したって?」 「ああ、君のことだから、またよからぬことでもやっているんだろうと……また事後処理が面倒になるのだろうかと、気が気ではなくだな、」 「そっちかよ! とどのつまり自分の心配かよ!」 「はは、なに、勿論君たち兄弟の心配だってするさ。いつだって生傷が絶えないんだからな」 「それはオレだけだ。アルは、……頑丈だから」 言葉に詰まる彼を見て、おや、と思った。同時に、突拍子のない言葉は彼の弟に起因することなのだろうと見当がついた。(母親とはこんな感じだろうか……)。破天荒な息子を持つと、相当苦労するだろう。これだから子供は面倒で扱いに困る。 「……大佐」 「なんだい」 「あんた座りっぱなしだったの? なんか、前より太腿かたい」 「悪かったな、かたくて。やわらかいのが好みなら、どこか他を当たれ」 「中尉とか?」 「羨ましいから駄目」 「大佐も膝枕してもらいたいとか思うんだ? オレしてあげよっか?」 「いいいい、そんなところ見られでもしてみろ、どうせまた私ひとり悪者だ。犯罪だとかなんとか言われるに決まっている。――君こそ痩せたんじゃないか」 彼は昔から、ひとつのことに思い悩むとそれがすっきりと解決されるまで十分にものを食べたりできない性質だった。これは本人に言えば途端拳が飛んでくることが容易に予想されるので言わないが、ひと回り身体が小さくなったような気がする。また変に思い詰めていたのだろう。 「ほら、エドワード。お母さんに言ってごらんなさい」 「誰が母か! オレの母ちゃんはもっと美人だ。それにこんなごつごつした足じゃない」 「悪かったな、ごつごつしてて」 「ほんとだよ」 生意気な憎まれ口をたたくのはいつものことだが、いかんせん覇気がなかった。いよいよ落ち込んでいる。 「……努力してはじめて、目標がいかに遠いもんかっていうのがわかるじゃん。オレそれ大分前に、国家試験受けるときからもうわかってたの。簡単なことじゃないって、オレたちの求めるものは」 「うん」 「それが余計にわかっちゃったもんだから、打ちひしがれて、もう何も手がつかない状態ね、今。何もやりたくないっていう、どつぼ」 「うん」 「それで癒しを求めにきたんだけど……これ石を枕にしてるみてえ。ちっとも癒されない……最悪だ……」 「……うん?」 (また勝手なことを……)。私はそれでも彼の頭に手を滑らせた。これはこれで、なんだか感触が心地よかった。こういう動物を一匹手元に置くのも案外いいかもしれない。 「まあ、がんばりなさい。がんばりすぎない程度にな」 「どっちだ」 口ではああだこうだ言いつつも、私の手を払いのけないあたり、これはこれで彼も居心地がいいのだろうと勝手に解釈しておく。 「悩める青少年に、とっておきの言葉を捧げよう」 まったく子供というのは気まぐれで自分本位で本当に扱いづらい。ただ手のかかる子供程、愛着がわくというのも本当だった。 「君なら大丈夫、きっとできるさ」 |