(きみの言う論理が破綻して久しい、)
末期と知るなら





「あーあ、とりあえず、天気がよくて死にたい」
訳のわからない呟きを零した当の本人は、何食わぬ顔でLサイズのフライドポテトを口に運んだ。数度咀嚼して、Lサイズのコーラをがぶりと口に投下する。店員が毎度毎度差してくれるストローを、彼は毎度毎度迷惑そうにしながら外すのである。
「そういえば、明日なんかの小テストあったよなあ」
「……おい、今さっきの発言に対して、何か補足説明はないのか?」耐えかねてこちらから切り出すも、彼はなんのことやらわかっていないようで小さく小首を傾げるだけだ。「だから、天気がよくて? 死にたい? ――意味がわからん」
「…………、ああ、それ。お前も変なところに喰いつくよな」
「おそらく十人中十人が突っ込むところではあると思う」
紙コップに入った氷もひとつ残らず噛み砕いてから、彼は漸く話をする気になったらしい。
年少時代によく言われて育った所謂おやつの時間を少し過ぎた頃、俺たちのように寄り道を目論む学生で某ハンバーガーショップは盛況だった。彼は頭上を飛び交うあちこちからの騒がしい会話を微塵も考慮していない静音で言った。天気がいいから、死にたくなりました。あーあおなかすいたな、くらいのテンションでつらっと言われたものだから俺の耳に問題があるのかと思った。つまり俺の聞き間違いかと思ったのである。だから、もう一度、と頼んだのだが、返ってきたのは同じ台詞だった。天気がいいから、死にたくなったんです。
「説明になっていない」
「お前、頭かたいもんなあ」
「それとこれとは別だろう」
「もうちょっと柔軟に生きていこうぜ、親友」
「ちょっと晴れてたくらいですぐ死にたくなるような柔軟さはいらない」
ふむ、と一息吐いて彼は腕を組む。その前に置かれた彼のトレイはハンバーガーを包んでいた紙やらポテトの粕やら紙コップの水滴やらで酷いことになっていたが、ひとつのテーブルに向い合って座ると必然的に俺のエリアまで侵食された。彼のこういうずぼらなところをなんとかして矯正したいと考えているのだが、うまいこと直させる自信はまるでない。制服のネクタイを毎朝結んでやるのだって、俺の仕事だった。
「ロイ君、君は、どういうときに死にたくなる? 今はやりの百四十字でまとめてみたまえ」
「生憎俺は百四十字に縛られる生き方をしていないんだ。四百字詰か二百字詰原稿用紙のどちらか指定してくれ」
「めっ、面倒くさいってお前よく言われるだろ」
「よくわかったな。そして、なんだ? どういうときに死にたくなるか? 愚問すぎてさっき飲んだコーヒーが鼻から出てきそうだぞ。俺は死にたいと思ったことがない」
「そんな芸当できるもんならしてみろよ、鼻から逆流させてみろよ。そして咳き込め」彼は露骨に顔を顰めた。それから察するに相当うんざりしたようである。「ソクラテスごっこしたかったのに」
「こんなもの問答してどうする……」
二時間と少し前に授業で出てきた哲学者を、彼は気に入ったらしい。俺はどうにも好きになれなかった。
「別に特別な理由なんてないんだけどさ。あ、晴れてるー死にたいーって思っただけだよ」
「本当に理解できん」
「そ? でもオレ生きてるの面倒くさいけど、死ぬのも面倒くさいって人種だからさあ、誰かオレをさっくり殺してくれればいいのに。ほら、よくさあ、ニュースになるじゃん。いたいけな子供が理由もなく狙われて殺されるってやつ。かわってあげたいっていっつも思う」
「……多分、さっくり死ねはしないと思うぞ」
色々と突っ込みたいところは多々あったが、すべてに細かく突っ込んでもまた同じことが繰り返されるだけだと思ったので、やめた。
「そうかなあ。あ、でも痛いのは嫌だな。痛がりだから」
繰り返すが、ここは頭の愉快な学生たちや時間を持て余した主婦たちで溢れ返る、おやつの時間の、ファストフード店である。おそらく俺たち以外の誰もこんな面倒くさくて妙に重たい談義などしていないだろう。場にそぐわない会話を交わしているという事実には、違和感しか感じなかった。
「まあいい、わかった、お前は天気がいいと死にたくなるし、でも自分で死ぬのは面倒だから痛くない程度に殺してほしいということか、」うん、と目の前の男とも女とも取れる半端な顔つきをした親友が首を縦に振るのを見て、俺は言う。「馬鹿か」
「ばかかな」
「大馬鹿だな」
「お前、オレは親友だろ? もっとやさしい言葉選んでくれてもいいんじゃないの」
ハンバーガーも、フライドポテトも、コーラも、その氷も、すべて食べてしまって口に入れるものがなくなった彼はまったく使用しなかったストローを咥えはじめた。彼に他意はない。それはわかっている。彼は超がつく程鈍感だということも、わかっているのだ。
「エド、」彼は俺のポテトに伸ばした手を止めた。「お前が親友なんて、俺は嫌だよ」
「は」きっかり三秒固まって、彼は数度の瞬きをした。「とってもショックなことを、オレは聞いた気がする」
「ショックなのはこっちだ。はっきり親友宣言なんぞされて……うれしい気もするが、やっぱり、嫌だ」
「何回も言うんじゃねえよ、一度で十分だ」
昼飯もあれだけ食べておきながら、何故そんなに食欲旺盛なのか訝しみつつも、彼にMサイズのポテトを残っている分すべて渡した。俺のトレイにはまだ食べかけのハンバーガーが残っている。こんなものにもおかしな妄想をしてしまう程には、俺はおかしかった。だってそうだろう、パン生地に挟まれて食べて食べてと強請っているのが、目の前の親友であるなど。あまりにも下等すぎる脳内に喉の奥から笑いが零れた。
「……何笑ってんだ、」
「お前に笑った訳じゃないさ」
彼は不機嫌そうに俺の献上したポテトの包み紙をぐしゃぐしゃと丸めた。口元に食べ残しがついているのに気づいていないようだ。
「……オレがお前に楽に殺してくれって頼んだら、お前は一体どうするんだ? 殺すのか、殺さないのか。殺すなら、どう殺してくれるのか」
「お前の話は突飛すぎる。一体どういう流れでそこへ辿り着くんだ?」
「いいから答えろよ」
どうやら随分と臍を曲げてしまったようだ。彼は口をへの字に曲げて、じっと俺を見据えている。訳のわからない問答に、かの哲学者ならばどう答えるのだろう。うまく彼を宥めてくれるなら、今だけは頼ってもいい。
「……お前の希望は、俺に殺されることなのか」
「やさしく殺してくれるなら」
これ程までにあやしい会話を繰り広げているのだから当たり前だが、隣席からの視線をまともに感じるようになってきたのは気の所為ではないのだろう。俺はそれを知りつつも、彼のネクタイを乱暴に掴んで引き寄せる。ぺろりと彼の唇の端にくっついていたフライドポテトの残骸を舐めとると困惑さを全面に押し出した彼と目が合った。隣からは小さな悲鳴が聞こえたような気もする。
――悪いが、到底聞き入れられないな」
「なっ、なっ、なっ……!」
「お前を弄る楽しみがなくなるなんて、ごめんだよ」
俺の心中を知る筈もない彼に腹が立っても仕方のない話ではあるが、これくらい許される範囲内だろうと思う。頬を真っ赤に染めた彼は、どうも開いた口が塞がらなくなってしまったらしい。彼のタイを何食わぬ顔で放し、俺は残りのハンバーガーを平らげようと手を伸ばすのだった。







2011/06/01-RoyRoyRoy!!!

ロイの日!/結局また何が言いたいのか意味不明なものを錬成してしまいマスタング!

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