どんなに望んでも求めても最終的に選ばれるのはオレじゃない。そんなことはとっくに気づいている(だって彼がオレを選ぶメリットなんてどこにもない)。 いつだったかオレよりも仕事を優先する彼に不満が爆発してオレと仕事のどちらが大切なのか、なんて陳腐なメロドラマさながらの発言をしてしまったことがある。そのときも彼は、表情ひとつ変えず仕事を取った。わかりきっていたことなのにオレはどうしようもなく落ち込んだ。落ち込んで、悟ったのだ。彼がオレにやさしくないのも、素っ気ない態度を取るのも、すべては暇潰しでしかないからだと。単なる空いた時間を埋めるためだけの道具でしかないのがオレなのだ。だから、彼はオレに冷たい。 どうして彼もオレを好いてくれているのだと思ったのだろう。酷い勘違い、ただの錯覚じゃないか、そんなのは。 「……ずるい、」 どんなにオレが彼を好きでも、それだけの思いは返ってこない。彼はオレを見てくれないし、本気になってもらえない。どんなに相手を大事にしても相手からはそうされないことがあるのだと、オレはこの年になって漸く思い知った。 「ずるい? 誰がだ」 思わず口から零れ出た心情を、彼は律儀に拾った。気まぐれ以外の何ものでもない。 「あんたはずるい。―――嘘でもいいから、オレにやさしくしてよ……」 言った後でしまった、と思った。後悔するくらいなら最初から言わなければいいのだけれど、思わず、というのは誰にでもあることだ。ただ彼は面白くなさそうにオレを一瞥した。オレはまた彼の地雷を踏んだのかもしれない。 「君はもっと、賢い子だと思っていたよ。ああ、いつだか、仕事とわたしどっちが大事なの、なんてほざいていたこともあったか」彼はオレの失態をあげつらいながら脱ぎ散らかした軍服を着込んでいく。冷えた青の色がとても似合いだった。「つまりあれから君は、ちっとも成長していないということだな」 「あれは……! ……忘れて、よ」 「私にやさしくされたいと思うなら、もっと価値のある人間になって出直してこい。相手をしてやるだけ、光栄に思うことだな」 (てめえ、何さまだよ……!)。腹にたまるものはあっても、オレはそれをいつしか口にすることができなくなっていた。惚れた弱みというのはおそろしいものだ。オレは彼に嫌われたくない一心でいちもつを溜め込み、その度に胃がきりきりとねじ切れそうな、しんどい思いをしなければならない。 「何か文句がある、という目だな」 意地の悪い笑い方をして、彼はオレの顎に骨ばった指を添えた。 「……いつか、報われる日がくるって、思っていいの」 また冷たくあしらわれるに決まっている。それでもどうしても、これだけは訊いておきたかった。 「……俺を選んだ、お前が悪い」 けれど彼の答はいつもと同じ調子で、底冷えのする本音だった。 (20110724) わるいおとな/ばかなこども |