再生の意味
























"If" which still remains even if I sweep it and throw it away.























オレは知っていた。
これは故郷を捨てる行為だ。家を焼いた、それはもう戻らないという決意の証だから。
幼馴染はいつまでもオレたちが帰ってくるのを待っているだろうし、そして当然のようにオレたちを迎え入れる。けれどそれをよすがとするべきではない。それを帰る場所とするべきではない。オレたちの帰るところはもうどこにもない。母さんの眠る場所でも、幼馴染が待つ家でも、勿論オレたちが焼いた家の跡でも、ない。
それでも弟はオレが腕を壊す度に、また_____に怒られるよなどと言いながら、誰にもわからない程度にうれしそうにするのだ。何故それをオレが気づいているのかといえば、兄だからに決まっている。他の誰がわからなくともオレにだけはわかる、弟の機微だ。
けれどそれを見てオレはたまらなく胸が苦しくなる。(お前はわかっていない)。腕を壊し、その都度幼馴染を頼りに生まれ故郷へ足を運ぶその意味を、弟はわかっていないのだ。それはおかえりと言って迎えられるものではないのに、オレたちはただいまと返さなくてはならない。(お前は、わかっていない)。苦痛だ。ただいまなどと、本当は言えるオレたちではないのに。おかえりと迎え入れられるオレたちではないのに。


オレは知っていた。
思い出が息づく家を焼く意味を、その土地に根づく人を置いていく意味を、オレは知っていたのだ。























"Hey, my dear brother."
There is only one thing to say to you.























規則的な揺れを感じながら、いつの間にかオレは眠りについていたらしい。列車の窓から見えるのはお世辞にも綺麗とは言えない赤焼けだ。オレはこの色が大嫌いだった。
正面を向くと弟と目が合い、よく寝てたねと声をかけられる。本人に言ったことは一度としてないけれど、オレは本当に弟と目線を合わせることができているのか常に疑問に思う。オレが合わせたつもりなだけで事実そうではないのだとしても、弟はきっと何も言わないのだろう。兄を傷つけまいとするような、よくできた弟だから。


「_____たち元気かな」
「……ああ、元気じゃないの」
「______に戻るのも久しぶりだよね。ちっとも変わってないんだろうなあ」
「たった半年やそこらで変わってたまるかよ」
「はは、そうだよね」
そうやって弟が笑っても、兄は何が楽しいのだろうと冷めた気持ちにしかならない。けれど弟が訝しむには十分な材料となったらしい。オレの顔を覗き込むように大きな鎧を屈める。
「……ねえ、兄さん、どうしたの。具合でも悪い?」
「そんなんじゃねえよ、ただ、腕これだろ」腕、と言って左腕を生身の右手で指差す。どこが悪くなったのかまったくわからないけれど、ちっとも動かなくなったのだ。持ち上げることさえできない。「またあいつにどやされると思うと、気が滅入るんだ」
「でも全壊させた訳じゃないし、まだそんなに怒られないよ、多分」
「だといいけどなあ」


帰るのではない。ただ機械鎧になってしまった腕の整備に向かうだけ。そうしないと実生活もままならないから、仕方なくそうするだけ。帰るのでは、ない。弟はそんなこと、おそらく考えたこともないのだろう。いつだって純粋に、故郷への道を辿ることを、よろこぶ。兄の気持ちには気がつかない。オレがそうさせない。これは矛盾だ。気づいてほしいと思いながら、諭すこともない。お前は間違っていると思いながら、指摘することもない。
弟がオレに傷ついてほしくないと願うのと同様に、オレだって弟に傷ついてほしくないのだ。
利口な弟はすぐに悟る。そうしたら、もううれしそうな顔もしないだろう。腕が壊れるその度に、仕方ないねと言って列車の切符を取るだろう。そしてオレの腕が元どおりになればすぐに故郷を出ようとするだろう。すべて見越してしまえるからこそ、オレはいつまで経っても言えないのだ。


世界中にはありとあらゆる人種が溢れていて、その分家族が形成される。後戻りできないようにと家を焼き払い、故郷を出たことは、つまり、故郷を捨てたことと相違ない。そのときにオレたちは、オレたちと深く関わってきた人たちとの繋がりを絶ち切ってしまったのだ。家族など、もうオレたちには縁もない言葉なのだ。




(弟よ、臆病な兄でごめん)
(オレとお前のふたりぼっち。そんなこと、お前は気づかなくったって、いいんだよ)
(いや、気づいてほしくなんか、ないんだ)























"What? Do you have something to tell me?"
But, I cannot say it to you because I am a coward.
"Well, never mind."























「……もしも、まだあの家が……オレたちの家が残っていたらって、お前は思うときないか?」
「え、いきなりどうしたの。どういうこと?」
「いや……オレたちの過ごした家が……母さんが笑っていたあの家が、まだ______に残っていたら……オレたちは何か違っていたかな。帰る家があることを、支えにしていたのかな」
段々と列車が速度を落としはじめる。もうすぐ駅に着くのだろう。
「……そんなのわからないけど、でも、……兄さんは、後悔してるの?」
「あのときは、ああするしかなかった。今もそう思ってる。けど、」弟の顔を、見ることができない。「もしも、って思うときが、たまにあるんだ」


もしも、あのとき家を焼かなければ。
もしも、オレたちが禁忌に手を出さなければ。
もしも、母さんが死ななければ。
もしも、オレたちが錬金術を学ばなければ。
もしも、あの男が家を出て行かなければ。
もしも、オレたちが――生まれていなければ。


(不甲斐ない兄でごめん。だけどお前はずっと気づかないで)


身体に受けていた振動が完全に止まる。荷物はいつだってトランクひとつだ。余計なものは持ち歩かない。これですべてこと足りる。思い出も何もかも燃やしてしまったから、生活に必要なものだけを詰め込んでおけば困ることはない。
何も言わないままの弟を尻目に、オレは先に列車から降りた。後から重たい金属が触れ合う音がついてくる。それは聞き慣れた弟の足音だ。


この広い世界にオレと弟のふたりぼっち。――もしも、オレか弟のどちらかがいなくなってしまったら? そんなおそろしい想像を勝手にして、勝手に怖がっている。けれど、そうなることは絶対にないとも、頭のどこかで思っている。なんとなくだけれど、なんとなく、なのだけれど、どちらかがいなくなってしまったらそのときは、


「兄さん、」オレの後ろから、弟が声を出す。鎧の中で反響したその声は、けれど紛れもない血の通った音なのだ。「つまんないことに怯えてないでよ」
眠らない弟を見ると哀しくなる。眠ろうとしないのではない、眠ることができないのだ。弟はオレが眠っている間、どうしたってひとりになる。それが心底つらい。そんな弟を思いながらみる夢は、いつも最低だ。だからオレはオレのために、極力眠ろうとしない。しょっちゅう徹夜するのもその所為だ。弟は困った兄だねなんて言いながら早く寝かせようと急かすけれど、誰が好き好んでお前をひとりにさせるものかとオレは抗う。「寝る間も惜しいんだよ、わかってくれ」「文献は逃げないのにねえ」、そんなやり取りをもう何度したことか。
「もしもなんて考えてたらきりがないよ。それは際限のない問題だ。それに、あれは兄さんひとりで決めたことじゃないでしょう、僕だってそうすることがいいと思ったから、賛同したんだよ。でもね、僕も、もしもって考えたことがあるよ。夜中にすごく怖くなってしまって、でもそのときは兄さんが起きていてくれたから、まだよかったんだけどね」
「……それ、どんなもしも?」
「もしも、全部、身体ごと持っていかれたのが兄さんだったら――僕は兄さんの魂を定着させることなんて、きっとできなかった。僕でよかった」


もしも家を焼かなければ、オレも素直に笑ってただいまを告げられただろう。
もしも禁忌を犯さなければ、そもそもこんな悩みを抱えていなかっただろう。
もしも母さんが死ななければ、オレたちは今もこの故郷で平穏なしあわせを噛み締めていただろう。
もしもオレたちが錬金術を学ばなければ、母さんをよろこばせる違う方法を探していただろう。
もしもあの男が家を出て行かなければ、よくある一家としてあの家で暮らしていただろう。
もしもオレたちが生まれていなければ、それは、わからないけれど。


もしもオレか弟のどちらかがいなくなってしまったときは、お互い迷わずその後を追うと、思う。




「兄さんのいない世界なんて、知りたくなかったよ」














20110724
改行するのが嫌いなんですが、読みづらいことこの上なかったので改行のオンパレード。英語は間違ってるかもしれない。
"If" which still remains even if I sweep it and throw it away.(掃いて捨ててもまだ余る「もしも」) "Hey, my dear brother."(「なあ、親愛なる弟よ」) There is only one thing to say.(おまえに言っておくことがひとつだけあるんだ) "What? Do you have something to tell me?"(「なに? なにかぼくに言いたいことがあるの?」) But, I cannot say it to you because I am a coward.(だけど、おれは臆病者だから言えない) "Well, never mind."(「やっぱり、なんでもない」)

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