約束―――と伸ばした手を凝視する。小指。僕には小指がなかった。これでは指切りなんぞできやしない。僕はただただ悲嘆に暮れる。 (僕の運命のひとが!) とふざけて思ってみた。ぷっつり途切れた指先に絡まっているらしい赤い糸を信じていた訳ではなかったけれど、とにもかくにもこれではどうしようもない。どうすることもできない。指がないのだ、指が。小指。右手には小指がなかった。 「どうかしたのか」 声がかかる。 「なんでもありません」 そんな訳あるか。自分で自分に突っ込む。余裕があるように見えて、実はそうでもない。どうしよう。指が足らないのは右手だ。左手は無事。どうしよう、左手で? ううん、それもどうだろう。だって彼は僕のこの手を嫌っている節があるようだし、ただでさえ指切りなんてしてくれなさそうなのに、ここで左手を出すか、普通。ちゃんと考えろ、僕の頭。カスい脳味噌でもそれくらいなんとか考えろ。 どうしよう。 僕は左手で右手を包むように、小指を隠した。つけ根からすっぱり切られている。断面からは骨と思われる白っぽい、半透明なものが見える。どうしよう、指がない。どこに行ってしまったんだ、僕の指。小指。取り敢えず、よくよく見ないことには、ぱっと見わからないらしい。彼の反応からして、まだ気づいていないだろう、僕の異変に。 異変―――そうだ、これは異変だ。おかしいことである。朝起きたら小指がなかった。切り落とされていただなんて誰が信じることだろう。それでもこれは事実なのだ。起きた直後は僕もわからなかった。なんだかむずむずして右手をなんとはなしに見遣ると、驚愕。「指っ! 指指指っ!!」と僕は叫んでそこら中を這いずり回り、ベッド脇に転がり落ちていた小指を見つけた。なんとかくっつかないものかと、断面をくっつけたりしてみたけれどもまさかくっつく筈もなく。僕はやっぱり、「僕の指が!」と全力で叫ぶことになるのだった。 「おい、なんか変だぞ」 今日のお前。 まあ変でしょうね、変じゃなきゃおかしいでしょ。だって指がなくなったんですよ? 正確に言えば僕の団服の内ポケットに、包帯でぐるぐる巻きにされた指が眠っているのだけれども、彼はそんなこと知る由もない。 ねえ僕の指。誰にやられたんだい。赤い糸を狙っての犯行かい。生憎だけれど、誰と繋がっているのかなんて僕も知らないよ。残念だったね! ―――死ぬな、僕の思考回路! 「つか約束ってなんだ。俺はお前と何か約束させられる訳か?」 「うん? ん、ああ、どうでしょう、どうします?」 「俺に訊くんじゃねぇ。てめぇが言い出したことだろが」 「ああ、そうでした。えっとー……」 結論。無理だろ。 「……じゃあ、君が元気に、一度も死ぬことなく、戻ってくること」 ああ、小指、繋ぎたかったなあ。 そんで、――― 「……それがお前の言いたかったこと、か?」 「うーん、ちょっと違うような気もするけど、まあ、間違ってないと思いますよ」 「嘘吐けモヤシが」 「おーいちょっとちょっと、モヤシはやめてくださいってば」 「嫌だね、モヤシ風情が俺に指図すんな」 「うわかっちーんときた。よかったね、僕が躊躇したお陰で君は指をなくさずに済むよ!」 「は。なんで指」 「なんでだろうね!」 さっさと行ってこい! どん、と彼を突き飛ばした。 「あっぶねぇぇえ!! 死にたいのかてめぇ!」 「殺せるもんなら殺してみろ、このエセ不死身!」 「正真正銘の不死身だっつーの!」 船に無事乗り込んで、彼は行ってしまった。最後に「覚えてろよ、クソモヤシ!」というなんだかありきたりすぎる怒声を吐いて、見えなくなった。 本当、よかったと思うよ。僕の右手の、小指がなくなって。そのお陰で君は僕に指をへし折られることもなく、旅立てたんだからね。 小指と小指を繋いで、指切り。 彼の指と僕の指で、ユビキリ。 もしかしたら僕の切り離された小指は、僕が自分で、無意識の内にやったのかもしれない。そんなことをしたら、関係が捩れるよ、と。そんなの関係なしに、元から仲よくないのに。 もしも僕の小指が元どおりくっついたら、そんときは全身全霊をもって、君の小指を引きちぎってあげる。運命のひとなんか、いらないでしょう? 僕がいるから、ね。 指切りとユビキリ 070225 つまりアレンさんの怖ろしい片思いだった訳ですな(わかりづれぇー) |