はがね――読みづらいのは重々承知しておりますとも……。






兄の態度が変わった。急変、ということもなく、少しずつ、けれど確かに変わっていった。ずっと一緒にいたから兄の僅かな変化だってわかる。表情や態度が柔らかくなったのだ。僕にはわかる。兄はきっと誰かに恋をした。それは多分幼馴染みでもなくてもっと近しい人。精神的な距離ではなく実際の距離が、近い人。兄がおかしくなったのは二、三週間前からだ。顔を真っ赤にして熱でもあるのかと訊いたところ余計顔を赤くしてなんでもないと突っぱねられたあの日。兄は司令部へ報告書を提出してくると言った。雨の日である。やめておいたらと僕の忠告も無視して兄はさっさと宿を飛び出していってしまった。雨の中滑って転んだらどうするんだろう。びしょ濡れになって風邪を引いたら。こういう日は機械鎧のつけ根だって痛むのに。兄が帰ってきたのは二時間後だった。その頃にはすっかり雨も上がっていて帰宅した兄の髪も服もすべて乾燥していた。傘を使ったのか、それとも帰ってくるときに自然と乾いたのか、それとも、誰かに乾かしてもらったのか。そこのところはよくわからないけれどとにかく兄は耳まで真っ赤に染めて俯きながらの「ただいま」だったのである。これは誰でも心配するだろうと思う。けれど兄は心配すんなと部屋に籠もってしまった。元気はあるみたいだけれど心配で暫くしてから様子を見に行くとまだ兄の顔は赤かった。本当に何もないのと僕が再度問い質すと兄さんは毛布にくるまりくぐもった声で本当に何もないと僕の言葉を繰り返した。できれば気づきたくなかったのに僕は気づいてしまった。誰か好きな人ができたんだなあと。でもきっと兄のことだから僕に言うこともできないんだろうなあと。少し淋しくなって。なんだか兄が駆け足で遠く離れていってしまうような錯覚さえ覚えた。だから僕は兄に負けないくらい走らなければならないとも思った。置いていかれては堪らない―――兄はきっと一度くらいは振り返って僕の様子を窺ってくれるだろう。けれどそれが何回も僕が遅れ分だけ振り返ってくれるとは限らないから。兄が駆けていくその先にいるのが兄の想い人なのだとしたら。そう考えると僕はとてもやりきれない気持ちになる。そしていっそ自分が身を引いてしまえばいいと思ってしまうだろう。それでも僕は兄の背中を追いかける。兄が大好きだから。だから、―――置いていかないでと零すより、僕は兄さんを追いかける。






疾駆





070311
いみふめ……っ!

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