なんだろう。始まりはなんだったろう。いつからだったんだ。よく覚えていないしわからないしどうでもいいことかもしれない。でも思い出せない。 一瞬。一瞬で終わっていた。思いきり殴られた右頬がいたく熱を持っていて、ああ殴られたんだなとそこで理解した。それだけだった。 「―――頭を冷やせ、馬鹿もんが」 頭はもう随分と冷ややかで冷め切っていたので冷やすとしたら頬だろう。じんじんする頬をそっと手で覆う。すげー腫れていた。全然容赦なく殴られたらしい。 衝撃が強すぎて後ろに倒れ込んでいた。手をついて起き上がる。相手の目は見ずに部屋から出て行った。何が悪かったんだろう。思い出せない。大事なことなんだろうけれど。 どうしたんだ自分。今日は何か変だ。何かおかしい。 頭がぐらぐら揺れている感じがする。軽い脳震盪でも起こしたみたいだ。そう言えばさっき倒れたときに頭を打ったのかもしれない。ひでぇことをする。 「ラビ?」 「……お、リナリー」 返事が遅れた。リナリーはオレの頬を目に留めて、不思議な顔をしてから心配そうに駆け寄ってきた。 「何やらかしたの? ほっぺた腫れてるよ? 早く冷やさないと」 「うーん、ちょっとね」 「ちょっとねって……神田? それともアレンくん?」 「どっちもはずれ。まあいいじゃん、そんな誰にやられたかなんて」 でも実際、リナリーの問いかけは惜しいところまで行っていた。オレが殴られたのはじじいだけれどその原因が―――どうだ、アレンだ。思い出した。何故オレが殴られたかって、アレンなんだよ。そうだ。 「ありがとリナリー」 思い出させてくれて。 「え? あ、うん」 外見も白で中身も白だって? ―――馬鹿馬鹿しい。そんなことある訳がない。そんな人間、実際にいてたまるか。こんな、こんな澱みまくった壊れかけの世界のどこに、そんな真っ白い綺麗な人間がいるっていうんだ。ありえねー。 徐々に思い出してきた。オレのしたこと。オレがしてしまったこと。半分無意識、けれどもう半分は意識的にオレは。 オレはどうかしてたんだ。まだこの手に感触が残っている。 ―――意識のないアレンをどうにかしようなんて、もっと馬鹿げてるっつーの。 アレンが傷だらけで帰ってきたって言うから、オレは見舞いに行ったんだったか。そしたらあいつは眠っていて、何故だかしあわせそうに眠っていて、面白いかなと思った。白い枕に埋まるアレンに近づいて、真っ白で、男のくせに妙に細い首に手を這わした。 面白いかな、と思ったんだ。 左眼に巣くう存在を知らない訳ではなかった。 面白いかな、と。 思って。 この少年の心にある小さな世界を壊してしまったら、どうなるんだろう、と。 思って。 あいつの首を絞めたのは、ただアレンの中の世界をぶっ壊してしまったら面白いかなと、思ったから。たかだか首を絞めたくらいでぶっ壊せる訳は、ないのに。 ひとつだけの世界 070325 こんな話が書きたかった訳じゃないのに……! |