寒い―――寒くて寒くて、凍えてしまいそうだ。凍え死んでしまいそうだ。眼前にはめらめらと赤い炎が燃え盛っているのに、とても寒い。 もう後戻りできねーな。 オレは言った。手に持っていた松明を投げ捨てる。 弟はうん、とだけ頷いた。 家を焼いた。沢山の思い出で溢れているこの家に火をつけた。何故そんな馬鹿なことをしたのかって? どうせ誰にもわかってもらえない―――否、オレと弟だけが知っていればそれでいい。二人にしか意味は存在しないのだから。 もう戻れない―――そのとおりだった。戻る場所をオレたちは自ら捨てたのだ。これがオレたちの、オレたちなりの覚悟。決して逃げではないんだと、家を焼く前に母の墓標に告げた。 戻ることは許されない。 忘れることは許されないことなんだ。 赤々と燃える家をじっと見つめたまま、誰も動かなかった。 オレも。弟も。幼馴染みも。その祖母も。犬すらも―――誰も動こうとしない。この火が掻き消えるまで、目を離さない。 熱い、と思ったけれど、やっぱりどこか寒かった。 ―――そこで初めてオレは焼かれるままの思い出から目を離す。 幼馴染みが泣いていた。 なんでお前が泣くんだよ! そう問うと、だって、としゃくり上げられた。 ……ったく。昔っから泣き虫なのは変わんねーな、 どうしてこんなに寒いのか、幼馴染みが泣いてるのを見てやっとわかった。 心のどこかに亀裂が入って、そこからなんともいいようのない風が入り込んで、だからこんなに寒いんだ。 ちいさな傷跡 070327 どんだけ短くすれば気が済むのか! |